【ラ・リーガ】Jリーグの秋春制移行問題に思う「理想のシーズン構築」 佐伯夕利子さんが示唆する「豊かなスポーツ環境」

 

【ラ・リーガ】Jリーグの秋春制移行問題に思う「理想のシーズン構築」 佐伯夕利子さんが示唆する「豊かなスポーツ環境」
ビジャレアルのU19やレディースの監督として指揮した佐伯夕利子さん 写真:本人提供

■痛いのが選手の離脱

次に選手の故障離脱について。チームにとって最も痛いのが、選手の離脱である。スペインだとチーム登録選手数が25名と限定されているため、うち一人でも故障離脱するということは、組織にとって大きなダメージだ。

選手が故障をした後の治療・リハビリ・回復に、時間・お金・リソースをかけることの非生産性については、クラブ内でも常に話されてきた課題であった。ならば、治療・リハビリ・回復における無駄を削減すべく、「選手が故障しないことに注力してはどうか」と発想の転換がなされるようになった。近年、各クラブに傷害予防専門コーチが増えたのも、こうした背景を受けてのことである。

「避けられないけがや故障」と「予測回避できるけが」があるという前提で、私たちにできることは、選手の休息・睡眠支援、栄養管理、サプリ提供、身体ケアー、メンタルトレーニング、試合やトレーニングにおける負荷・ストレス・ボリューム調整などであるが、これだけ取り組んでも、故障による離脱を完全に避けることはできていない。

さらに、どこまで徹底しているか、例えばスプリント回数の例を挙げてみよう。まず、選手一人一人の最大走行速度を計測。そこから、それぞれのスプリントを正しく定義。試合中、筋肉系の故障を起こす可能性があるとアラートが発生する場合がある。そこでベンチが動く。これらはフィジカルコーチや理学療法士が担当することが多いが、GPSのデータを見ながら危険領域に近づくと、監督に「該当選手の交代」「ポジションの変更」「チーム全体のシステム変更」または「プレースタイルの変更」を決定してもらう。これらはいずれも「避けられるけがを回避するため」である。

■交代選手の増加は「当然」の措置

近年、競技規則によってクーリングブレイクが設けられ、交代選手数が3名から5名に増えたことなどは、選手が人間の持つ自然回復力だけでは最適な状態に戻れないほど、カレンダー過多下に置かれている現実を日々生きている私たちからすれば、「当然」の措置だと考える。

医学の力、科学の力、栄養学の力、それに心理学、コーチング学を結集して、自然回復力で補えない部分をクラブの専門家たちがカバーしながら、何とかアスリートを最良のコンディションに保ち続けているのが現状だ。

【ピリオダイゼーション】

私たちは「ピリオダイゼーション」という概念を持ってシーズンを組み立てる。言い方を変えれば、これが私たちの指標のすべてでもある。

まず、365日という限定的な不動要素から、「夏季」や「家庭との両立」といった権利で守られている日を除く。

【マクロサイクル】

次に、リーグ戦、UEFA戦、国王杯といった最大負荷値となるマッチデーを記し、マクロサイクルを作成する。それぞれチームによって目標優先順位があるので、それに従ってチームパフォーマンスの定点を最大値に導きたい時期を確定する。

例えばうちだと、「ラ・リーガで頑張って何とかUEFA3大大会への出場権を獲得する」が大きな目標となるので、リーグ戦最終10節あたりに定める。

一方、メガクラブなどUCLベスト4以上を目標とするようなチームは、UCLのベスト8~決勝戦に最高値を設定し、マクロ調整を行う。

■シーズン当初は高くないチームパフォーマンス

以前ジネディーヌ・ジダンも話していたが、どのチームもリーグ開幕から8、9、10月は決してパフォーマンス値は高くない。一般的には、11、12月にパフォーマンスが高くなるように選手もチームも計画的に調整されており、その後クリスマスブレイクを経て、またそのカーブは緩く降下する。そしてラストスパートとなるリーグ最終10節にあたる3、4、5月に、再びパフォーマンスを上げる。

10カ月にわたり競技を続けるアスリートが、パフォーマンスを常に高数値で維持することは不可能なので、コーチングスタッフは、このパフォーマンス曲線を意図的かつ戦略的に上げたり下げたりしながら調整をしているが、これらは決して偶然ではなくあくまで計画的なものである。もし予期せぬときにパフォーマンスが下がる選手がいれば、コンディション検査を行ったり、トレーニング内容を検証したり、スタッフが全力で原因究明に取り組むであろう。

パフォーマンス曲線のイメージ図

【ミクロサイクル】

次にミクロサイクル。フットボールにおけるミクロサイクルは、週単位で7日間を下記イメージ図のように組み立てる。

試合出場時間に伴い選手をグループ分けしながら、それぞれに負荷をアジャスト、トレーニングの内容を決め取り組む。負荷強度の調整は、トレーニングひとつひとつのエクササイズにまで反映されている。

カレンダー過多で起きている問題のひとつは、ミッドウィークにも試合が組まれることだ。これが何を意味するかというと、アスリートの超回復のために不可欠な「回復期(パッシブレスト)」が確保できず「スキップ」しなければならないということ。これはアスリートにとって深刻な問題である。

ミクロサイクルのイメージ図

【ディトレーニング(脱トレーニング)】

例年に比べ、2022/2023シーズンの調整が難しかったのは、シーズン途中である11~12月にW杯ブレイクが入ったことであった。

これは、アスリートが継続してきたトレーニングを中止もしくは一時中断することで、蓄積してきたトレーニング効果が消失してしまう現象「ディトレーニング」の危険をはらんでいたためである。

これまで長期間トレーニングを継続してきたトップアスリートにおいては、病気、けが、休暇、リーグ戦ブレイクなどを受け、身体活動量の減少や競技パフォーマンスの低下を引き起こす可能性があるので、充分に注意をしなければならない。

アスリートには休息が不可欠であるが、こうした「レスト」も専門家によって計画的に設定されたものでなければならないし、試合(最大負荷)なし期間は、せいぜい21~30日程度にとどめておきたいのが本音。

④ファン・サポーター(Consumer)

ラ・リーガクラブはコロナ後、投資ファンドからの融資を受け、さまざまな成長戦略に取り組んでいる。そのひとつとして、スタジアムやスポーツセンターといったインフラ整備を積極的に進めているが、いずれもEUのサステナビリティー基準を満たさなければならない。

私たちのクラブも、スタジアム改修に大きな投資をし、次世代スタジアムに近づける企業努力を行った。

ビジャレアルは、雪は降らないし、雨も多くない。あえていえば、日差しが差し込む時間帯の試合が気になるが、それもさほど問題ではないので「必要か?」と聞かれたら屋根は絶対条件ではなかった。

■経済の立て直しを図るため「復興基金」の創設

しかし、今回の改修工事で全面屋根付きとなった新スタジアムは、スタンドに長時間いても明らかに涼しく、観客にとって大変居心地のいい空間となった。また、ピッチ上でプレーをする選手にとっても、芝の表面温度や照り返しも数度下がったであろうという実感がある。

一方でEUも、経済の立て直しを図るため「復興基金」を創設し、中長期プロジェクトを実施。そのひとつに「スポーツ施設のインフラ改修」が定められている。

これは経済復興や欧州市民のより豊かな生活のために、スポーツ環境をサステナブルにすることが明確に示されているため。

私たちのような営利目的のプロクラブには、EUのこうした助成金は当然下りないが、その他のノンプロスポーツ団体は、実際にこれらの助成金を申請し公共施設の改修を進めている。

⑤ビジネス(Business)

ビジネス文脈については特記することがないので、そろそろまとめとしたい。

ここまで、不可抗力、人権・労働者の権利、スポーツ、ファン・サポーター、ビジネスといった5側面から、スペインにおけるカレンダー構造を考察してみた。

スペインのスポーツカレンダーは、文化や習慣に組み込まれフィットしており自然体だと感じる。

カタールW杯がそうであったように、ときに「大人の事情」にも対応しつつ、しかし何よりも「アスリートのインテグリティーとチームパフォーマンスの最大化」に取り組む。私たちの責務はそれに尽きる。

「スポーツがなぜ経済の活性化につながるのか?」については、ここでは割愛するが、経済、雇用、健康、メンタルヘルス、福祉、国民のウェルビーイングとどれだけ強固なつながりを持つか、日々痛感。

最後に、「豊かなスポーツ環境は、社会と人を幸せにすること」と同意語であると、改めてそう感じる。

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著者プロフィール

佐伯夕利子(さえき・ゆりこ)●ビジャレアルCF、Jリーグ元常勤理事、WEリーグ元理事

スペインサッカー協会ナショナルライセンス。UEFA Proライセンス。03年スペイン男子3部リーグの監督就任。04年アトレティコ・マドリード女子監督、育成副部長。07年バレンシアCF強化執行部に移籍、国王杯優勝。08年ビジャレアルCFと契約、U19やレディース監督を歴任。18〜22年Jリーグ特任理事、常勤理事。著書に『教えないスキル 〜ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術〜』(小学館)。

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