完全無欠の女王・上地結衣 愛くるしい笑顔と強さの秘密

彼女に出会ったのは6年前の春。テニスイベントの出演者として顔を合わせた。

今よりまだ華奢だった彼女は、右手で車いすを操作しながら、必死にボールを追いかけ、バックハンドのスライスでペースを作る展開力がとても印象的だった。ポニーテールの髪は風をきるように咲き、笑顔はピカイチ。プレーからも振る舞いからも、人々を魅了する一所懸命さと愛くるしさで溢れていた。

≪文:久見香奈恵
元プロテニスプレイヤー。2017年引退後、テニス普及活動、大会運営、強化合宿、解説、執筆などの活動を行う。

6年前、語った“目標”

上地と距離が縮まったのはイベント後のこと。帰りの方向が一緒だった私を気遣い「一緒に帰りますか。送って行きますよ」という声に、私は「甘えていいのかな? 車いすの人の運転?」と知らないことに慎重になっていたような気がする。

そんな私の雰囲気を読み取ったのか「大丈夫ですよ! ちゃんと運転できますから」そう言って、ひょいっと車いすから体を持ち上げ、ワゴン車の運転席に乗り込んだ。その身軽さに驚く私を横目に、地面に置いていた車いすを片手で拾い、運転席と助手席の間を通して後部座席に収め切った。

初めて見る光景に「車いすテニス選手って力持ち!」と感心しながら、「障害があってもなんでも自分で出来るのか」と率直に感じていた。見慣れない車内の装備にも目を奪われつつ、私は助手席に座る。

全部、手で操作するんですよ」、上地は少し得意そうに教えてくれた。飾らない自然体の彼女に、私は少しずつ肩の力が抜けて行くのを感じた。

(c)Getty Images

どれがアクセルで、どうしたら進むの?」そんなひと言から会話が進んだことを思い出す。彼女は、生まれつき二分脊椎症の障害があったことや、車いすテニス選手の現状、これからどんな選手になりたいかを丁寧に話し続けてくれた。私自身にとってこの時、初めて車いすテニス選手を知るきっかけになり、上地の夢に触れた気がする。

誰にも負けない、世界中のどんな選手にも勝てるようになりたいですね!

彼女が車内で語った目標は、「百戦錬磨」。

2014年、全豪オープンのダブルスでグランドスラム初優勝。それを皮切りに、彼女は着実に夢を実現して行った。その年はダブルスで年間グランドスラムを達成。シングルスでも全仏、全米と優勝し単複ともに世界一位の座に上り詰めた

現在に至るまでに四大大会シングルス7勝ダブルス15勝と偉業を成し遂げている。パラリンピック2回目の参戦となったリオ・パラリンピックでは、シングルスで銅メダルを獲得。

今季は、全豪の前哨戦である「ツイードヘッズ・インターナショナル・ウィルチェアーテニスオープン」と、「メルボルン・ウィルチェアーテニスオープン」の2大会を制覇し、全豪オープンの舞台「メルボルンパーク」へ乗り込んだ。その全豪オープンでは3年ぶり2度目のシングルス優勝、2年ぶり5度目のダブルス優勝を果たし、愛しいトロフィーを胸に抱きしめ安堵の笑顔を見せた。

(c)Getty Images

「ただ勝つだけじゃ面白くない」

ツアー第一週のツイードヘッズでは、大会前から調子が上がり切らないまま試合に臨むことになったと振り返った。その要因には、遠征先のオーストラリアでの森林火災の影響からか、天候の変動も激しく、身体が適応しにくかった面もあったようだ。しかし、それ以上に彼女の向上心の高さから、本人が納得いかない調子の波が生まれていたようにも感じる。

「練習の成果を試合で出したい気持ちと、前哨戦で結果を残したい気持ちが混ざり合っていました。どれくらい試合の中で新たな試みを実行すべきか、常にバランスは考えていました。『ここで行ってもいいのか!?』と迷いながらプレーしていたことが、集中しきれない要因でもあったのかなと思います」

上地はオフシーズンにさらなるレベルアップを目指し、トレーニングに励んだ。先手を取れるようにショットの質の向上を狙い、さらに展開のバリエーションを増やすべく、状況別に配球の流れを慎重に確認。いつもとは違う練習方法も試しながら、攻守のショットの使い分けを考察し続けた。

いかに自分のプレーの内容を良くしながら勝てるかが重要なんです。ただ勝つだけじゃ面白くないから……

あくなき向上心は、厳しくも常に自分自身に進化を求めた

練習したことを必ず実践する。その中でポイント取得成功率の高さと勝利への結びつきを追求したい。この完璧なほどの理想を体現するためには、調子の波がスキルアップの過程として現れることも明確だろう。

「自身の理想」に近づくために

(c)Getty Images

 誰しも元々のプレースタイルの展開方法や、ポイント取得方法の攻守のバランスがある中で、新しい試みは必ずゲーム全体に変化を及ぼす。新しい展開だと実戦の検証データが少ない分、リスクを図りきれずに判断ミスに繋がることも多く、勝利を手放してしまうこともあるはずだ。

しかし、彼女は恐れずに試合の中で取り組む強さを持っている。試合中に折り合いを付け、解決しながら勝利に結びつけることは、どの選手も苦労している作業だ。失敗により自身のプレースタイルの瓦解を起こし、自分のテニスを見失う選手もいる中で、上地は今まで確立してきたポイント取得成功率の高い展開と、新たに試みているネットへの展開という2つを織り交ぜ、すべての試合で勝利を残した

スピンボールを操り、相手を左右に揺さぶり好機を見つけては果敢に攻め込む。高さを使ったスピンボールからは相手の視点とバランスを奪い、ドライブボレーで仕留める。次は、その裏をかくように短いアングルショットを使い、相手を存分に走らせる。

思い通りにボールを動かせていないときは、予測とチェアワークを駆使し、丁寧に返球しながらチャンスを待つ。全豪決勝のマッチポイントでは、予測しきったバックの高い打点からリターンエースを奪い、「思っていた通り!」と言わんばかりに爽快な笑顔を見せてくれた。

「1週目の1回戦から難しい戦いばかりでした。2回戦ではトリプルマッチポイントも握られていたし……何とか優勝できたという感じで、2週目はあまり期待せず考えすぎず、試合だけでなく練習の時間も増やして、感覚を取り戻しながらの優勝。そして3週目の全豪で少しは良くなった感覚はありました。決勝は緊張したけど、終わってみれば良い流れだったのかな」

(c)Getty Images

そう淡々と振り返る彼女だったが、練習してきたことを試合に直結させ、尚かつ最高の結果を残す調整能力の強さにただただ感服する。

「まだ技術も展開も理想には追いついていないんです。リオが終わってからこの4年で、やっとドライブボレーを習得して試合でポジションを上げられるようになってきました。それがひとつのステップアップとしたら、次はドライブボレーを挟まずに直接ボレーに入っていける形を作りたい」

「もっといろんな球種を打てるようになりたいし、相手にとって何をしてくるのか分からないほどの戦術のバリエーションと技術が欲しいです。私の理想は、なんでもできる選手。それも中途半端にじゃなく、完璧に私が主導権を握っている状態で勝ち切りたい

出会って6年。あの頃、話していた夢を実現していく強さを、私はまじまじとこの目で見ることになった。いつも自分自身の可能性を試すことに喜びを持ち、愛くるしく笑う上地は人を惹きつけてやまない。

目標はあの頃と変わらず、「百戦錬磨」。それが、車いすテニス界の完全無欠の女王「パーフェクト クイーン」、上地結衣だ。

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著者プロフィール
久見香奈恵
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。
園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。
2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。

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