【フィギュア】明日への活力を届けるエンターテイナーとしての羽生結弦を見た

先日行われた全日本フィギュアスケート選手権大会で圧巻の演技を披露、羽生結弦は5年ぶりの優勝を果たした。しかし今回、その姿は、大技に闘志を燃やす普段の彼と大きく異なっているように見えた。

■孤独な練習、焦る思いを拭い取ったのは自身の素直な気持ち

練習拠点をカナダに置く羽生選手にとって、この度の新型コロナウイルス感染拡大の影響は小さくなかった。各国の有力選手の情報が耳に入り、焦りばかりが募る毎日……コーチ不在の練習は、細かい指摘やアドバイスがなく、自分のスケートを客観視し修正する難しさがあったという。試合後の記者会見では「なんかひとりだけ取り残されているっていうか、なんか『ひとりでやるのもうやだ』って思って。疲れたなって」と単独で練習を続ける苦悩を吐露した。

そんな羽生を救ったのは「スケートが好き」という自身の気持ちだという。「やっぱスケート好きだなって思ったんですよね。スケートじゃないと、自分は感情を出せないなって」。

吹っ切れたのは「自分のためにも競技を続けてもいいのかなって気持ちになった」時だった。「ちょっと前に踏み出せた」。世界中のスケーターから憧れの眼差しを向けられている羽生結弦の根底にあったのは、スケートが大好きだという素直な気持ちだった。

■大好きなスケートを続けるために、僕ができることは……

新型コロナウイルス感染拡大の影響を目の当たりにし羽生は、スケートができる環境が当たり前ではないとあらためて痛感した。大好きなスケートを続けるために、自身ができることはなんだろうという大きな命題を抱えながら、今回の全日本選手権に臨んでいるように私には見えた。

それは「自分の演技がなんか、明日まで持たなくていいんで、もう、その時だけでもいいですし、僕の演技が終わってから1秒だけでもいい。少しでも生きる活力になったらいいと思う1年間でした」と語る言葉に現れていた。

羽生にとって、スケートが満足にできる日常を奪われる経験は初めてではない。10年ほど前、当時16歳だった彼は、地元仙台東日本大震災を経験。自分はスケートを続けるべきかと模索する中「自分にできることはスケートだけ。スケートを通して少しでも多くの人に勇気を与えられれば……」と答えを出した。そして、羽生は冬季五輪連覇を果たし、多くの人に勇気と希望を与えた。競技を続けられるありがたみを知っている点こそが、羽生を支える軸、彼の芯の強さを生み出している。

大震災から10年が経とうとしている今、新型コロナウイルスの余波により多くの大会が中止を余儀なくされ、演技を見せる機会が限られているからこそ、26歳になった羽生結弦は、そのパフォーマンスで私たちに活力を届けてくれる。

■エンターテイナーとしての羽生結弦

今回の全日本選手権で羽生選手はショート、フリーともに新作を公開した。ひとりで練習を続ける中、自身が振付・演出に大きく携わった作品であるからこそ、彼の思いが大きく反映されたプログラムになったのではないか。

優勝後、フジテレビ系列ニュース番組に出演、冒頭「ひとりで頑張って来て、それが報われたのが嬉しい」と極めて率直な感想を述べたのは、その証だろう。

ショートプログラムは『Let Me Entertain You』。タイトルの通り「このような世界だからこそ楽しんで」という想いが詰まっていた。気持ちよく飛び上がる冒頭の4回転サルコウから演技後半の闊達なステップ……会場だけではなくテレビの前のファンも、思わずリズムをとり、体を大きく揺さぶってしまいそうなほど、とても楽しいプログラムだった。

「コロナの暗い話題がつきものな世の中なので、テレビの前でも楽しんでいただけるように」という彼の意図が反映された演技だ。

フリースケーティングは『天と地と』。弓のようなしなやかな体づかいの映えるこの作品は、いかにも羽生らしい。高さがあり回転軸が細い4回転ループは、力強く踏み切ったことを忘れさせるような美しさがあった。期待されていた4回転半の大技、4回転アクセルをプログラムには組み込まなかった。「よっしゃーというより、きちんとプログラムに入り切れた」と語った羽生の言葉どおり「競うスケーティング」ではなく「魅せるスケーティング」を徹底したプログラムだった。

フリーの得点開示後、客席に向かって「みんな健康で帰ってください!」と声をかけた羽生から、私たちはどれほどの勇気と希望を与えられただろう。私は今回の全日本フィギュアを目にし、羽生結弦にエンターテイナーの才を感じた。そして彼の演技に、日本中の人が明日への活力を見い出した……そう表現したとしても過言ではないだろう。

著者プロフィール

田中彩乃●Voicy経済総合ニュースパーソナリティ

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