【佳作】スポーツ×羽生結弦(作者:稲越 美由紀さん)

新型コロナウイルスという未曾有の禍いが健康だけでなく、人々の心から希望を奪おうとしている中、全日本フィギュアスケート選手権が昨年12月25日から、長野で開催された。

今年、フィギュアスケートは競技会の中止が相次いだ。感染者の増加により有観客試合だけでなく、試合開催自体へも問題視する声が少なくなかった。

今大会で特に注目を集めたのは、2月の四大陸選手権以来の出場となる羽生結弦だろう。羽生は夏の時点でISU主催グランプリシリーズへの出場を辞退していた。理由は幼い頃から患っている喘息で、罹患した場合のリスクや後遺症の恐怖があった。それにコーチの渡航の問題、さらに羽生が動くことで感染拡大につながってはいけないという強い意志があった。

羽生は24時間テレビにリモート出演を果たした際、医療従事者や雇用主、さらに働くことが困難な日本の状況を憂い「まず自分が感染しないこと、感染させないこと」、そう強いメッセージを送っていた。そんな羽生が果たして本当に出場するのかと、全日本フィギュアスケート選手権で羽生のエントリーが発表されてもなお、メディアもファンも半信半疑のままだった。

しかし、全日本フィギュアスケート選手権で10ヵ月ぶりの演技となった羽生結弦は強かった。他者とは明らかに違う異次元の演技を見せつけた。

羽生は優勝後のインタビューで、10ヵ月に及ぶ孤独なトレーニングで心が疲弊し、スケートをやめようとさえ思い詰めたことを明かした。得意のトリプルアクセルすら跳べなくなり、競技への情熱を保つことも困難に。どん底にまで落ちきったと語った。

そこから羽生がどのようにして這い上がったのかはわからない。ただ誰もが羨むすべてを手にしていながらも、羽生は決して満足をしたことがないように思う。

羽生は常に高い目標を掲げている。スケート人生を賭けて現在、取り組んでいるのは4回転アクセルの成功だ。練習拠点のカナダならばジャンプ専門のコーチがおり充実した環境で練習に取り組めるだろう。しかし、コロナ禍により日本での練習を余儀なくされる中、見えない壁にぶつかる日々は想像を絶するものがある。

どん底から全日本選手権で見せた演技。それは万人を魅了するパフォーマンスだった。

新ショートプログラムではロビー・ウィリアムズの『レット・ミー・エンターテイン・ユー』を披露し、軽快なボーカルに合わせてロックスターになりきり、見るものを楽しませ活力を与えた。翌日のフリー『天と地と』ではノーミスの完璧な演技。見えない敵と闘い打ち勝つ姿を見せつけた。そしてメダリスト・オン・アイスでは、一番伝えたかったメッセージだと心を込めて『春よ、来い』を舞った。

すべてが秀逸であり、羽生結弦でしか表現できない世界だった。その演技すべてに共通する思いがあった。一人じゃない。明けない夜はない。そんな強いメッセージが込められていた。

日本が待っていた“光”は羽生結弦だった。スポーツが前に向くチカラをくれる。世界はきっと良くなると、信じられた瞬間だった。

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