真っ青な空と輝く太陽のもと、今日も私は気の合う仲間とスタジアムに足を運んだ。ロサンゼルスに移り住んで22年。日本にいた頃にも増して、私はスポーツ観戦が大好きになった。
それにはロサンゼルスの気候が大きく関係している。年中カラッと晴れているので雨天中止がない。その一方で、暑くても湿度が低いおかげで体がそれほど疲れない。これらの気候は観戦する方はもちろん、選手側にもありがたい。
今年はコロナ禍で無観客試合になったが、去年までは足しげくスタジアムに通った。「今週末、ドジャースの試合を見に行かない?」とTさんから連絡があった。「いいですね! 私も誘おうと思ってたんです」。
ササッとオンラインでチケットを購入。試合がある日は近くのバス停からスタジアムまで無料のシャトルバスが出ており、Tさんとはここでいつも待ち合わせている。バスを待つ列には、いつも会う車椅子の青年がいた。彼も熱狂的なドジャースファン。いつ見ても青い帽子とジャンパーがとても似合っている。「今日も勝つぞ」と、気合いの入ったアイコンタクトを交わすのが約束だ。
スタジアムに着くと、ゲート前はすでに長蛇の列だった。厳重なセキュリティーチェックはみんなが安心して観戦するためだから我慢我慢。スマートフォンに送られてきたチケットを係員に見せて無事入場できた。その日は選手のボブルヘッド人形がもらえる日だったので、みんな大喜びだった。大の大人が大切そうに人形をバッグにしまう姿が可愛らしい。
試合が始まった。日本の野球のように一致団結して鳴り物と共に歌うのも良いが、選手の一挙手一投足に息をのみながら観戦するのも違った味がある。7回には観客全員で『Take Me Out to the Ball Game(私を野球に連れてって)』を歌うのが恒例だ。私たちもビールを片手に大声で歌った。試合は見事にドジャースが勝利し、ご機嫌でスタジアムを後にした。
ロサンゼルスはスポーツ観戦を楽しむ人が本当に多い。夏は野球、それが終わればアメリカンフットボールとバスケットボールだ。一年中、常にみんな何かのスポーツに熱狂している。例えば車を運転していると、誰がどこのファンだかすぐに分かる。プレーオフが近づくと、自分の車にそれぞれ贔屓のチームのステッカーを貼ったり、旗をつけている人が多いので見ていて楽しい。
私の職場の同僚たちは、レイカーズのタンブラーでコーヒーを飲んだり、ドジャースのキャップを被ったりとアピールに余念がない。「昨日のドジャースは惜しかった。レイカーズはきっと優勝するよ」と、前日の試合の感想が挨拶代わりになっていた。
ロサンゼルスに多いのは、バスケットボールのレイカーズ、野球のドジャース、それにアメリカンフットボールのレイダースだ。レイカーズとドジャースは地元のチームなので人気なのは分かるのだが、レイダースは何でだろうと調べてみると、1982年から1994年までロサンゼルスが本拠地だったそうだ。
日本ではアメリカンフットボールの人気はいまひとつだが、見始めると本当に面白いスポーツである。毎年2月に行われるスーパーボウルのテレビ視聴率は40%を超え、CMは30秒で数億円。アメリカで一番人気のあるスポーツだと言われるのも頷ける数字だ。昨年7月、ラムズとチャージャーズの本拠地として、イングルウッドに新しくSoFiスタジアムが完成した。ぴかぴかのスタジアムで観戦するのを楽しみにしていたファンも、無観客試合になりがっくりと肩を落としている。
昨年はロサンゼルスにとっていろんな意味で忘れられない年となった。1月、コービー・ブライアント選手がヘリコプター事故で娘さんと共に亡くなった。その後、コロナウイルスのパンデミックで3月末から約2ヵ月間、街はロックダウンに。バスケットボールや野球の開幕が遅れて無観客試合になるなど、前半は街中に暗いムードが漂った。しかし10月、レイカーズがファイナルで10年ぶりの戴冠を果たすと、それに続くようにドジャースが32年ぶりにワールドチャンピオンに。これらの明るい話題に、街のいたるところで花火が上がった(当時は山火事が問題になっていて花火は禁止されていたのだが……)。
日本では東京オリンピックが延期になり、世界中のアスリートや関係者に影響を及ぼした。私たちの生活も一変し、今まで経験したことのないストレスとの戦いになった。一日も早く元の生活に戻り、みんなが心置きなくスポーツを楽しめる日が来ますようにと、祈るばかりだ。