クロアチア代表マンジュキッチってどんな人?生い立ちや人柄に迫る

グループステージで優勝候補のアルゼンチンを破り、決勝トーナメントでは全試合を延長戦の末に苦しみながら勝利して決勝へと駒を進めたクロアチア。

準決勝ではイングランド有利と言われたなかで、延長戦後半にマリオ・マンジュキッチ選手による値千金の逆転ゴールで勝利を収めた。

フランスとの決勝戦では、W杯決勝史上初めてとなるオウンゴールを献上してしまったマンジュキッチ選手だが、後半にはフランス代表GKロリス選手のミスを突いてゴールをあげ、一矢報いた。

今回はクロアチアを準優勝へ導く立役者となったマンジュキッチ選手の経歴、人柄に迫る。

戦争から身を守るため国外へ逃れる

マンジュキッチ選手は1986年5月21日、ユーゴスラビアのクロアチア都市スラヴォンスキ・ブロドで生まれる。

紛争中ということもあり、彼の家族にとって重要なことは生活の安全の確保であった。

スラヴォンスキ・ブロドはボスニアとの国境近くに位置しているため、ボスニア戦争の発生後すぐに攻撃を受けて危険にさらされたことから、マンジュキッチ選手の父親は家族で国を逃れることを決心した。

その時に父はこんな言葉を残している。

「私にとって重要なことは、家族の安全を確保することだけでした。家のすぐ外で人が殺され、もうそこにはとどまることはできませんでした」

(c)Getty Images

ドイツで見つけた真の”幸福”

ユーゴスラビアを逃れ、一家はドイツのシュツットガルト近くのディチンゲンという都市に移住。

新たな友人関係を築き、真の”幸福”を見つけることのできたディチンゲンはマンジュキッチ選手にとって重要な場所となり、戦争で苦しんだ祖国の現実から逃れたことに対する慰めともなった。

移住したことにより精神的にも安定したマンジュキッチ選手は地元のユースチームに入団し、そこでサッカー選手としての熱意や才能がより磨かれていくこととなった。

(c)Getty Images

サッカー選手として成長し続ける

1996年、マンジュキッチ一家はドイツでの滞在延長が拒否されてしまい、戦争が終了したばかりのユーゴスラビアへと戻ることになった。10歳の時の出来事だった。

しかし、マンジュキッチ選手はその後もサッカー選手として成長し続け、功績が認められて19歳でクロアチア首都のクラブ・NKザグレブ、そして21歳で国内きっての強豪ディナモ・ザグレブへと移籍した。

ディナモ・ザグレブのエースストライカーとして国内リーグ3連覇に貢献し、2010年には幼少期に暮らしていたドイツのヴォルフスブルグへ移籍。

ヴォルフスブルグ時代 (c)Getty Images

その後は、バイエルン・ミュンヘンアトレティコ・マドリード、そして現在所属するユベントスへと移籍し、ビッグクラブを渡り歩いたストライカーとして各クラブでトロフィーを手にしている。

ナショナルチームとしては2007年、21歳の時にクロアチア代表デビュー。

これまで88試合で32ゴールをマークしており、32歳となった今でも代表屈指のセンターフォワードとしてチームメイトから信頼を寄せられている。

プライベートに関しては秘密主義

マンジュキッチ選手はサッカー以外の多くを、ガールフレンドであるイバナさんと共に過ごしている。

彼らはカップルであるのにもかかわらず、一緒に写真をあまり撮らない。

イバナさんのSNSアカウントは公開されておらず、マンジュキッチ選手のインスタグラムにタグ付けもされていない。

プライベートをほぼ公開していないフットボーラーといえるだろう。

ガールフレンドと同じ名の姉

“Ivana(イバナ)”というガールフレンドと同じ名前の姉は、ドイツでベーカリーショップを経営している。よく弟の試合を見に様々な国を訪れているそうで、姉弟間の仲は良い。

また、姉は2013年に女の子を出産しており、マンジュキッチ選手はその姪っ子を溺愛しているそうだ。

性格は短気?名将たちと衝突してきた過去

数々のクラブを渡り歩いてきたマンジュキッチ選手だが、バイエルン・ミュンヘン時代には名将・グアルディオラ監督と、アトレティコ・マドリード時代にはこれまた名将・シメオネ監督と衝突を起こしてきた過去がある。

しかし、ピッチの上では自分の労を惜しまずにハードワークをする姿、味方を生かすプレーができる点が、衝突しながらも様々なクラブで重宝されてきた所以だろう。

(c)Getty Images

クロアチア代表として悲願の初タイトルを

2016年に行われたヨーロッパのNo. 1代表チームを決めるEUROでは、同大会で優勝することとなるポルトガルに敗れ、ベスト16にとどまったクロアチア代表だが、今回のロシアワールドカップでは決勝に進出した。

「私たちはロシアで何か大きなことを成し遂げたい。私はこれまでクラブで様々なトロフィーを手にしてきたが、クロアチア代表として結果を残したい」

ロシアワールドカップ第1戦のナイジェリア戦を終えた後にこう語ったマンジュキッチ選手。

惜しくも優勝を逃してしまったが、クロアチア代表のエースストライカーとして400万人ほどの小国を盛り上げた功績は国民にとって忘れられない出来事だろう。

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