イヴァン・ラキティッチ選手は1988年、3月10日にクロアチア人の両親の元からスイスで生まれた。
クロアチア紛争(クロアチアのユーゴスラビアからの分離独立などをめぐる紛争)が勃発する前に、両親はクロアチアから移住することを決意した。
父、そして兄はサッカー選手だった。そういった家庭環境で、ラキティッチ選手がサッカーに興味を持つのは何一つ不思議なことではなかっただろう。
ラキティッチ選手は、幼い頃から重大な決断を自分でする子供だった。
小学校に通い出した頃、母親に「ママ、どれくらいの期間学校に僕は通わなければいけないの?」と尋ねた。
母親が「スイスの義務教育は9年だからその間は通わなければいけないわ」と答えると、ラキティッチ選手は「わかった、その間は学校に通うね。それ以上の期間は通わない」と幼き少年は決意を述べたのだとか。
のちにラキティッチ選手は学校を辞め、建築系の専門学校に通うことを選択した。そこでは、義務教育のように9年もの間学校に通う必要はなかった。
その意思の強さを示すエピソードがある。
ラキティッチ選手は当時から、真剣にサッカーの練習に打ち込んでいた。ある日、両親に「電車に乗って、学校まで行って勉強するのは厳しい」と相談する。
父親は「サッカーを選ぶのか、勉強を選ぶのか」と息子に選択権を与えることにした。
驚くべきことに、翌日、ラキティッチ選手は両親に人生をサッカーに捧げることに決断したと告げたのだとか。
当時、ラキティッチ選手はどのクラブからもプロ契約の話を受けているわけではなかった。
しかし、誘いを受けると信じていたし、学校を辞めるという選択をしたことが、より彼の精神力をタフにした。結果、FCバーゼル(スイス)からすぐにオファーを受けた。
ドラマのような恋愛劇
ラキティッチ選手は、まるで映画のような恋愛の末、結婚に至っている。
2011年1月、当時ラキティッチ選手はシャルケ04(ドイツ)に在籍していたが、セビージャFC(スペイン)への移籍交渉をするためセビージャ市を訪れていた。
その時に立ち寄ったバーでコーヒーを注文した時、ラキティッチ選手は雷に打たれた。注文を受けたウエイトレスに、一目惚れしたのだ。名前を聞かずにはいられなかった。ラケル・マウリさん。のちに妻となる女性だ。
ラキティッチ選手は、セビージャFCと契約交渉をするという目的すら忘れそうになっていた。それは、移籍契約の締め切り4日前の出来事だった。
実は当時、他のチームからもオファーを受けていた。そのチームはプライベートジェットを用意し、ラキティッチ選手の契約に備えていた。
しかし、そのプライベートジェット機にラキティッチ選手が乗ることはなかった。
当時セビージャ市を訪れていた兄に、ラキティッチ選手は「もう、セビージャFCの社長に伝えた。僕は明日契約にサインをするよ。かわいいウエイトレスに恋をしたんだ」と告げた。
移籍を決めた後すぐに、求婚活動に勤しんだ。毎日のようにバーに通い、コーヒーやファンタオレンジを頼み続けた。
そして、彼女に仕事を辞めて自身のサッカー選手としてのキャリアをサポートしてくれないかと頼み込み、交際に発展することとなった。
2年における交際の末、ラキティッチ選手はマウリさんと結婚。彼の人生で最も幸せな瞬間だっただろう。2013年、4月のことだった。
同年、長女のアルテアちゃんを授かった。2016年には、次女のアダラちゃんが誕生している。自身のインスタグラムにも頻繁に家族の写真が登場する。
スイスで脅迫を受ける
ラキティッチ選手の家族は、かつてスイスで脅迫を受けたことがある。というのも、スイスの世代別代表としてプレーしていたこともあるラキティッチ選手が、クロアチア代表としてプレーすることを決断したからだった。
家族は電話やメールで数ヶ月もの間、脅迫を受けたという。しかし、彼の決断は固かった。
「僕は自分のことをクロアチア人だと思っているし、あれは自分の心がはじき出した答えだった。スイスには非常に感謝しているけれど、僕はクロアチア人なんだ。父や兄弟、そして当時の代表監督とも話し合った」
また、政治的な問題も発生していた。
ラキティッチ選手が決断を下すひと月半前、父親がスイスで市民権を取得する手続きが下りなかったことがあった。当時、スイスでは右翼政党が力をつけ始め、外国人亡命者の制限に舵を切っている状態だったのだ。
「気持ちが固まる前に、僕の家族はユーゴスラビア(当時)に帰らなければならなかった。スイス政府は僕たちをユーゴスラビア人とみなした。僕たちは一緒だった」
現在、ラキティッチ選手は政治的な問題に煩わされることなく、サッカーに没頭することができている。

(Photo by Clive Brunskill/Getty Images)
『ドラゴンボール』が大好き
鳥山明さんによる『ドラゴンボール』が大好きなようで、自身のインスタグラムアカウントにもしばし写真をあげている。
特に孫悟空がお気に入りのようで、自身の髪型と、孫悟空がスーパーサイヤ人になった状態の髪型を比較した写真なども投稿している。
《参考》https://lifebogger.com/ivan-rakitic-childhood-story-plus-untold-biography-facts/、http://arhiva.nacional.hr/en/clanak/37195/rakitic-family-terror-in-switzerland
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