【モータースポーツ】三菱自動車の魂 RALLIART がラリーに還る日

MiEVエボリューションIII 提供 三菱自動車工業株式会社

■モータースポーツに戻るための準備が始まる

ラリーのために大幅なボディ改修まで行ったアウトランダーPHEVで臨んだ2015年のバハ・ポルタレグレののち再び三菱自動車を暗雲が包み、電動車開発の一環としてのモータースポーツ活動は途切れた。厳しさを増す事業環境、そして現在も続く世界的な感染症の拡大は未来を閉ざすには十分すぎるとさえ思えるようになった。

だが、わずかな風向きの変化を感じたのは2021年春。三菱自動車は長らく(申し訳ないが「放置」といっていいほど)手付かずのままにしていたホームページのモータースポーツサイトをリニューアルし、ショールームには2002年のパリダカで増岡浩選手が優勝したパジェロの展示がされた。私にはそれが単なる懐古企画ではなく、いつかは分からないがモータースポーツの世界に戻るための準備が始まったと思えた。

ランサーエボリューション VI 2001 モンテカルロラリー優勝車 撮影・2002 年パリダカ増岡浩優勝報告会/茨城県土浦市)

そして冒頭に戻る。未だ黒字化には遠い内容の決算報告(2021年度は黒字化見込みだが)の中でのラリーアート復活の発表は、驚き以外の何物でもない。不況下においては日本の自動車メーカーが最初に整理するのがモータースポーツという現実の中で、軽自動車から大型トラック・バスまでをラインアップしていた昔とは違い、SUVをメインに限られた車種で生き残りを賭けているスモールメーカーが「逆張り」に出たのだから。

もちろん発表されたのはアクセサリーパーツのブランドとしてのラリーアートの復活であってモータースポーツへの再参戦表明ではない。それについては「関与も検討」と非常に慎重な表現にとどめており、ゆえに単なるブランドのリサイクルに終わってしまうのではないかと危惧する声も確かにある。

だが、私はそうは思わない。単にブランドのリサイクルであればプレスリリース一枚で済むことだ。それをトップ自らが語り、決算発表と合わせて次のフェーズでの業績回復に向けた新たな武器のひとつとしてラリーアートブランドの復活を明らかにしたのだから、その重みは格段に違う。

これは「三菱自動車は新生ラリーアートとともに必ずやラリーフィールドに還る」という決意の表明だと私は固く信じている。そして、その日は決して遠くはないと。

◆【パリダカ回想録】第2回 「私が冒険の扉を示す 開くのは君だ 望むなら連れて行こう」

◆【パリダカ回想録】第3回 華やかなセレモニアル・スタート、そしてパリとの長い長いお別れ

◆【著者プロフィール】中田由彦 記事一覧

著者プロフィール

中田由彦●広告プランナー、コピーライター

1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。


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