全米プロ・バスケットボール・リーグ(NBA)のオールスターが行われたのは2月19日のこと。
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前日の3ポイント・コンテストにブルックリン・ネッツの渡邊雄太が出場するのでは…との話題もあり、開催地ユタ州ソルトレイクシティに足を運んだ日本メディアも少なからずいた。残念ながら、渡邊の選出はなく、日本人プレーヤーがオールスターに立つことはなかった。
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だが、実はその祭典のコートで躍動した日本人がいた。ユタ・ジャズのダンサー小笠原礼子(以下、レイコ)だ。
目次
■小笠原礼子(おがさわら・れいこ)
青森県藤崎町出身。高校でチアリーディングに出会い、大学卒業後は本格的に競技チアリーディングを学ぶため上京し、2008年に国内トップレベルのクラブチーム・デビルスに入部。競技としては全日本選手権で優勝、2016年に競技チアを引退しダンスへ転向。17~20シーズンはBリーグのサンロッカーズ渋谷公式チアリーダー、サンロッカーガールズとして活動。コロナウイルス感染拡大の影響で最後のシーズンは中断となり、NBAダンサーのオーディション受験を決意。20年12月にNBAデトロイト・ピストンズのダンサーオーディションに日本人初かつチーム最年長で合格。22年夏にNBAユタ・ジャズのダンサーオーディションに日本人初かつ最年長で合格。現地では親子向けのダンスクラスや小学校訪問などの活動にも力を入れている。
■最年長でNBAデトロイト・ピストンズのダンサーに
高校でチアリーディングをスタートし、大学卒業後には競技チアで全日本選手権優勝を遂げたレイコは、輝く笑顔でさまざまなストーリーを語ってくれた。
今年37歳になるというレイコがダンスを本格的に始めたのは20代後半。多くのダンサーが10代かそれ以下の年齢でダンスを始める中、本人も言う通り確かに後発だ。だがその後、ヒップホップ、ジャズ、コンテンポラリー、ハウスにワック、そしてブレイキンまで、あらゆるダンスを“知っておくため”、さまざまなレッスンを受けてきたという。
そして31歳の時にBリーグサンロッカーズ渋谷の公式チアリーダーとなり、その後、チアの本場アメリカに渡りダンスの神髄に触れたことで思いが高まり、33歳にしてNBAへの挑戦を決意。世は新型コロナウイルスによるパンデミックという事態ではあったが、レイコの決意は揺らぐことはなかった。
そして決して多くはなかったが、巡ってきたチャンスをつかみ2020年12月、デトロイト・ピストンズのダンサーズに合格。同チームにとって初めての日本人ダンサー当時、チームでは最年長だった。就労ビザの遅れで渡米できないという新たな困難にも遭遇。それらの逆境を乗り越え、晴れてNBAダンサーとして憧れの舞台でデビューを果たした。
NBAと聞いて、すぐにそこで活躍する日本人ダンサーの姿が浮かぶ人は少ないかもしれないが、実は現在、NBAで活躍する日本人女性ダンサーは5人存在する。
■オールスターに出演した唯一の日本人
その中でもレイコは今シーズン、ユタ・ジャズへと移籍。その本拠地ソルトレイクシティのビビント・アリーナでオールスターに出演した唯一の日本人となった。
NBAオールスターは、日本のスポーツとは比較にならない一大イベント。そんなハレの舞台でさらに気分が高揚して大いに張りきったであろうと思ったのだが、レイコは「オールスターでも普段の試合でも同じ、その一戦一戦が大事と思って同じように臨みました」と語る。また、さまざまなシーンでセレブリティーが来たり、特別なサプライズが起こったりしても、いつでも観客を迎えるホストの一人として冷静にふるまうことも心得ている。チアアップのプロフェッショナルとしての姿勢を貫いた。
そんなレイコの子供時代は、末っ子で姉妹の中でも皆が喜んでくれるような面白いことをいつも考えて仕掛けるムードメーカーの役まわりだったという。そんな彼女の生い立ちもダンサーとしての今に生きているのだろう。そして高校時代には指導者になりたいという希望が芽生えたが、そのためのバックグラウンドを満たし説得力を出すため、いつしかNBAダンサーになるという挑戦を思いつく。大学卒業後は一度会社員として働きだしたが、描いた夢をあきらめることはせず挑戦を続け、見事NBAダンサーのポジションを得たのだ。そこまでにたどり着いた努力と精神力は相当なものだろうと推察するが、たずねる私にレイコは「すべて好奇心です。ダンスを始めたのは遅かったのですが、間違いなく今が一番若いので、挑戦することを思いついたからには、チャレンジすることが大事と思ってやりました」と笑顔で語ってくれた。
■「一歩を踏み出してやってみることが大事」
そして、「会社員だった自分が見た果てしない夢が、日々のスケジュールになりました」という確かな現実を引き寄せたレイコ。「自分は特に優れているわけではないんです。でもだからこそ、一歩を踏み出してやってみることが大事。やればできるんだということを踏み出せないでいる人たちにも知ってもらいたいんです」。
日本で日常を過ごしていると、確かにその“一歩”が踏み出せないでいる人は多いだろう。私自身もマイアミのラテンダンス・コンペティションに挑戦したことがあるが、何年も見送り、病気を患ったことがきっかけとなり、最後のチャンスと思い挑んだ。病気に背中を押してもらったのだ。だが、レイコはその一歩を踏み出すためには「『宣言する』がキーワード」だと語ってくれた。「声に出して言うことで、自分で自分を追い込むんです。NFLのチアリーダーも挑戦したことがあるのですが、SNSでもオーディションを受けることを発信しました。合格しなかったとしてもチャレンジ自体は後悔することはないです。声に出すことでいろんな人に助けてもらって、チームメートとも協力できますし。実際に一人きりでやっていることは少ないんです。だから、『一人だけでやる必要はないんだよ』ということも挑戦を躊躇してしまっている人に伝えられたらいいなと思っています」。
27歳からダンサーの高みを目指し始め、レイコの挑戦はまだまだ続く。今季ジャズには26人のダンサーズが在籍するが、試合時のフォーメーションに入れるのは16~20人。熾烈な争いを経て、今では安定してレギュラー・ポジションを担っている。「以前はフォーメーションに入れず悔しい思いをしたこともありましたが、今こうしてみんなと踊れて、この場にいられることが幸せです」と語る。そんな彼女の歩みが、次にNBAをめざす未来のダンサーに向けて確かな美しい軌跡を描いている様が見えるようだ。
今回のインタビューでもレイコのポジティブなバイブレーションを十分に感じることとなり、私までチアアップしてもらえた取材となった。日本での挑戦を重ねた末に単身渡米し、NBAの大舞台でチャレンジし続けることの尊さを体現してくれている様は得難いものだ。そこから勇気ややる気を得る未来のダンサーもますます増えるに違いない。そんなレイコの勇姿と活躍を今後も熱く見つめ、見守ってゆきたい。
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著者プロフィール
Naomi Ogawa Ross●クリエイティブ・ディレクター、ライター
『CREA Traveller』『週刊文春』のファッション&ライフスタイル・ディレクター、『文學界』の文藝編集者など、長年多岐に亘る雑誌メディア業に従事。宮古島ハイビスカス産業や再生可能エネルギー業界のクリエイティブ・ディレクターとしても活躍中。齢3歳で、松竹で歌舞伎プロデューサーをしていた亡父の導きのもと尾上流家元に日舞を習い始めた時からサルサに嵌る現在まで、心の本業はダンサー。