ポーランド代表 ロベルト・レヴァンドフスキとは?生い立ちや私生活、人柄に迫る

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ポーランドのワルシャワで生まれ世界的なストライカーに成長したロベルト・レヴァンドフスキ選手。

左右どちらの足からでもゴールを狙え、ヘディングも強く、FKも蹴れる万能型のストライカーとして知られ、フォワードに必要な能力を全て兼ね備えている。

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レヴァンドフスキ選手は、ポーランド国内でプロキャリアをスタートさせたあと、2010年に日本代表MF香川真司選手も所属するボルシア・ドルトムントに移籍し、ドイツ・ブンデスリーガ連覇に貢献した。

2014年からはドルトムントのライバルだったバイエルン・ミュンヘンでプレーしている。

家族は全員スポーツ選手

1988年8月21日にレヴァンドフスキ選手はスポーツ一家の長男として生を受ける。父のクシシュトフさんは柔道の選手で、サッカー選手としてもクラブチームでプレーした。

母のイウォナさんはポーランド1部リーグでもプレーしたバレーボール選手だった。姉のミレーナさんもバレーボール選手でポーランドのU-21代表に選ばれたことがある。

幼いころのレヴァンドフスキ選手はサッカーのほかに父親から柔道を教えられ、母親からもバレーボールの指導を受けたが、本当はサッカーだけに専念したいと考えていた。

「(ほかのスポーツをやるのが)僕は嫌だったんです。だってチームメイトとサッカーだけやりたかったから。だけど父は『駄目だ。お前には身体の動きのためにほかのスポーツも大事だから』って。今になって父の言っていたことが分かります」

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自宅の芝生が駄目になるまで練習

自己管理が厳しくストイックな選手としても有名なレヴァンドフスキ選手だが、笑いながら話す少年時代のエピソードからもそれが垣間見える。

「庭は夏になったら美しいものですよね普通。だけど僕の実家は違ったんです。毎日サッカーをして芝生を駄目にしてしまったから。だけど母には僕が本当に楽しんでいることが分かっていたんです。やめなさいと言われたことはありませんでした。ちょっとは怒ってたんでしょうけど」

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16歳で父を失い、”少年”の自分と決別

少年時代のレヴァンドフスキ選手を見て父親は、「いつかロベルトはプロサッカー選手になる」と話し、高い期待をかけていた。

その期待に応えて次々にゴールを挙げていたレヴァンドフスキ選手だが、16歳で早くも悲しい別れがやって来る。父・クシシュトフさんが病で亡くなったのだ。

大黒柱を失った家を支えるため一刻も早くプロ選手としてデビューする決意を固めた。

あの瞬間、もう16歳の少年のようには生きていけないと分かりました。少なくとも25歳のように生きなくてはと。母と姉を助けていくためです」

インスタグラムにて公開された母との写真

レヴァンドフスキ選手は2005年にポーランド2部のチームに加入するが、ケガに苦しみ思うような成績は残せなかった。

そして、翌シーズンは3部のプルシュクフに移籍。順調に階段を登ってきたレヴァンドフスキ選手にとって、レベルを下げるのは初めての経験だった。

それでも「プロになる姿を父に見せないといけない」と上を目指した。

レヴァンドフスキ選手は1年目で3部得点王に、昇格を果たした2年目には2部の得点王に輝く。チームを2年で1部リーグまで引き上げた。

2008年にレフ・ポズナンに移籍しても好調が続き、2年目には得点王を獲得する活躍でチームも優勝している。

そして2010年夏、ドイツのドルトムントに移籍する。

ドルトムントでリーグ連覇、そしてバイエルンへ

当時のドルトムントは2008年にユルゲン・クロップ監督を招へいし、若手主体のチームに切り替えながら再建を図っている時期だった。

香川選手、マリオ・ゲッツェ選手、マッツ・フンメルス選手といった20代前半、あるいは10代の選手がブレイクを果たし、2010-11シーズンにドルトムントは9シーズンぶりのリーグ制覇を果たす。

レヴァンドフスキ選手はルーカス・バリオス選手の控え起用だったが、それでも移籍初年度で8得点を挙げ、バリオス選手が故障した翌年はレギュラーを奪い22得点でリーグ連覇に貢献した。

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ドルトムントで4シーズン過ごし得点王も獲得したあと、2014-15シーズンからは最大のライバルだったバイエルン・ミュンヘンに移籍する。

バイエルンでも高い得点能力は存分に発揮された。2015年には途中出場から9分間で5得点を挙げ、ブンデスリーガにおける1試合の『ハットトリック』『4ゴール』『5ゴール』の最速記録としてギネスブックに認定された。

奥様は世界3位の空手家

2007年にワルシャワ体育大学に進学し、サッカーだけではなく勉学にも励んだレヴァンドフスキ選手だったが、この時期に後に結婚するアンナさんとも出会っている。

アンナさんは2009年の世界大会で銅メダルを獲得した空手家。フィットネストレーナーとしても活動し、自分のブランドを立ち上げるなどビジネスでも成功を収めている。

2017年には夫妻の間に長女クララちゃんが誕生した。

無事に生まれたことを報告したインスタグラムの投稿では、「クララの父親になれたことを誇りに思う。素晴らしい気分だ」と喜びを綴り、愛娘に優しくキスした。

参考:https://www.bild.de/sport/fussball/lars-ricken-und-matthias-sammer-sind-meine-idole-13220886.bild.htmlhttps://www.bundesliga.com/jp/watch/bundesliga-tv/bundesliga-tv_394405.jsphttps://lifebogger.com/robert-lewandowski-childhood-story-plus-biography/https://www.thefamouspeople.com/profiles/robert-lewandowski-36042.php

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