生かされていると命とスポーツの底力 東日本大震災から10年に寄せて

生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」。

多くの方の記憶に残っているであろうこの言葉は10年前、つまり2011年、春のセンバツ開会式、当時、創志学園高校野球部主将だった野山慎介さんの選手宣誓によるものだ。

高校球児の言葉はこの10年、どんな政治家の言葉よりも、重く、そして力があった。それこそが「スポーツの力」なのだろう。

■スポーツの仕事に従事する者として

2011年3月11日、東日本大震災の揺れは、都内のビルでも「ついに東京は終わりか」と思わせた。もちろん、東北地方のそれとは比較にならないものの、都内でも7人が死亡、半壊以上の被害は6455戸に上った。震災は自然災害の驚異を知らしめるのみに留まらず、福島第一原発のメルトダウンという人災をも教訓とし、政府や東京電力の無責任ぶりまで差し出してくれた。

当日、徒歩での帰宅を余儀なくされ、自宅に散乱する書籍や雑誌を片付ける程度でゲンナリしたもののその後、大津波に呑まれる人々の映像を目にし、無力感に苛まされた。被災された多くの方々が悲嘆に暮れる中、春のセンバツは開催され、その選手宣誓はそうした人々の心をいくばくかでも救ったのではないかと思う。スポーツの仕事に従事する者として「まだまだ出来ることがある」、そう考えさせられる力が、その言葉には宿っていた。

我々事務方はもちろんアスリートでもプレーヤーでもない。しかし、東京マラソンの開催に奔走し、東京五輪の招致に頭を捻り、そして野球の公式記録を後世に伝えるために算盤を弾き、スポーツのお膳立てを整えることはできる。今もまた、こうしたメディアにてスポーツの魅力を伝える……「生かされている命」を活かすために、為すべきことが目の前に残されている。

ドイツのモニカ・グリュッタース文化相は昨年3月、この新型コロナ禍において、ないがしろにされがちな芸術こそが「生命維持装置」であると発言とした。不要不急なスポーツもまた、生きる力とされるだろう。スポーツはその力がゆえに、人々を魅了し、たったひとつのイベントに何万人もを集客してみせるのだ。

■スポーツの地位向上が日本の課題

2011年当時、東北楽天ゴールデンイーグルスの選手会長だった嶋基宏は「見せましょう、野球の底力」とスピーチ、これもやはり野球だけではなく「スポーツの底力」でもあったはずだ。

その後、楽天は2013年に球団創設以来の初優勝を成し、東北の方々の支えともなった。避難所生活を送った羽生結弦は、競技人生の危機から不死鳥のごく蘇り、2014年、2018年と五輪2連覇を果たし、これも東北の人々に活力をもたらしたことだろう。

それでも、スポーツの力、スポーツの底力は、とかく軽んじられがちだ。

政治の駆け引きとなるケースが多いためだろう。東京五輪などはスケープゴートにされがちであり、「五輪中止」と無責任に言い放つ輩の、なんと多いことか。

いったい、どれほどのアスリートが東京五輪を目指し、そのためにどれほどの人生を犠牲にして来ただろう。五輪中止論者は、自身がそれほどの努力を成し遂げたことがあったのだろうか。

20年以上スポーツの仕事に従事し、常に考える問題は、日本における社会的な「スポーツの地位」の低さだ。先日、Bリーグ初代事務局長、日本ハンドボールリーグ代表理事・葦原一正氏に久々にお会いしたが、やはり同じ課題を口にしていた。「スポーツの地位」向上、これが現在の日本のスポーツ界がかかえる明快な課題だ。

■「3・11」から10年、「9・11」から20年

2001年9月11日、米同時多発テロ事件発生当時、私の搭乗機はニューヨーク近くを、ジョンFケネディ空港に向かっていた。現地に入り、ニューヨークの打ちひしがれた姿を目にし、ニューヨーク住民として、その姿にも少なからずショックを受けた。

しかし、日常生活を送ることこそが、復興への唯一の道であると、MLBは1週間後に再開された。前年、ナショナル・リーグを制覇したニューヨーク・メッツでは、野茂英雄の女房役として日本でも知名度の高いマイク・ピアッツァが再開初戦で特大ホームランを放ち、またニューヨーク・ヤンキースはその後の快進撃でアメリカン・リーグ優勝を飾った。これがどれだけニューヨークの人々に活力を与えたことだろうか。

期せずして、今年は「3・11」から10年であるとともに、「9・11」からもちょうど20年となる。

■コロナ禍、スポーツの底力を信じて

新型コロナ禍をして理解できる通り、スポーツは世の中の平穏あってこその存在でもある。しかし、スポーツの持つ力は、人々を奮い立たせる活力を持つのは、これまでも証明され、日本人もまたそうした時代を過ごして来た。古きは戦後の力道山、またミスタープロ野球・長嶋茂雄、そして大鵬がそうであったように。

2011年3月11日、スポーツ従事者として、その日味わった無力感は今も忘れることができない。それから10年、だからこそ「スポーツの力」を支えるためにも、生かされている命を自覚し、スポーツの地位向上に、微力ながら携わることができればと、決意を新たにする。スポーツの底力を信じて。

ここにあらためて、被災され亡くなった方々、そしてその関係者に哀悼の意を表す。黙祷。

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著者プロフィール

松永裕司●Neo Sports General Manager

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ マイクロソフトと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Director of Sportsなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークとアトランタで過ごし2001年に帰国。

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