【MLB】歴代最多サイ・ヤング賞7度のロジャー・クレメンス、野球殿堂入りならず……その最後の来日を振り返り、功績を惜しむ

 

【MLB】歴代最多サイ・ヤング賞7度のロジャー・クレメンス、野球殿堂入りならず……その最後の来日を振り返り、功績を惜しむ
ヤンキースなどで通算354勝を挙げたロジャー・クレメンス(C)Getty Images

■2004年日米野球第5戦(2004年11月10日)

鬼気迫るような奪三振ショーもなかった。「ロケット」と異名された圧倒的な速球を披露することもできなかった。だが、第1戦のまさかと思うような出来の22番とは打って変わり、力のこもった投球を披露したロジャー・クレメンスを見ることができた大阪のファンは幸せだったろう。

その証に、クレメンスがマウンドを降りると、3点を失い5回2/3で降板するピッチャーとは思えないスタンディング・オベーションが、大阪ドームを包んだ。数々の栄光を手にしてきたその右手でキャップを高々と上げて声援に応える姿を、誰もがまぶたの奥に焼きつけたに違いない。

試合前、クレメンスは最年長にして最多7度目のサイヤング賞を受賞。夜通し行われた米メディアからの受賞インタビューのせいもあり「1時間ほどしか寝ていない」というコンディション、さらに転戦の疲れもあっただろうが、第1戦よりも調子を上げてきた。初戦と比べ、ボールにキレがあった。140キロ台後半のストレートには力があり、外角ギリギリにコントロールされてズバリと決まるスプリッターとのコンビネーションはクレメンスの投球が、引退にはほど遠いことを改めて知らせてくれた。

休養不足、ファン・サービスなど過密なスケジュール、多くの悪条件のもと、本人も「初回は十分に力があった」とコメントするほどのまずまずの立ち上がりだった。2回に集中打を浴びて3失点。それ以外のイニングをピシャリと抑えてみせただけに、この回の失点は何が原因だったのか、腑に落ちず記者会見を迎えた。クレメンス自身、日本での通算4試合目にして初の黒星を喫したが、内容はそれほど悪いものでもなかった。

この時、私自身は日米野球主催社・毎日新聞のおこぼれに預かり、同社のプレスパスにより記者会見会場に身をおいていた。ゆえに余計な質問はしないよう心がけてはいたのだが、日本の大手新聞社の記者たちは、いつも通りあたりさわりのない質問を繰り返した。壇上のクレメンスも、我々記者団ではなく隣に座る通訳に向かって、つまらさそうに回答するだけだった。

記者からの質問は途切れたものの、確信を突かぬまま。私は思わずしびれを切らし挙手、そしてついうっかり「2回のピッチングは何が問題だったのか」と英語でストレートに訊ねてしまった。すると、それまで記者団を無視するかのようにそっぽを向いていたクレメンスは、会場の隅に座る私のほうにくるりと向き直り、こう答えた。

「いい質問だ。あの回はどういうわけか、集中力が切れてしまった。特にカーブが甘く入るようになってしまい、どうしても修正が効かなくなった。日本の打者は変化球を捉えるのがうまかった。甘い球を逃さずに打たれたよ。ピッチングにはこうしたどうしても修正の難しい時がある。こんなときは、とにかく耐え凌いで最小失点に抑えるよう投球したよ」。

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気性の激しさで知られるメジャーの豪腕は、時として記者に対しても厳しい言葉を投げつけることでも有名だ。実は質問してしまってから、手荒い洗礼を浴びるかもしれないと私は内心びくびくしていた。だが、こうして実に丁寧にそしフランクに失点の要因を分析し答えてくれた。

この回、5番の岩村明憲(ヤクルト)、和田一浩(西武)に連打を許しワンアウトを取ったところ嶋重宣(広島)にツーベースを打たれ、さらに中島宏之(西武)にも痛打を浴び3失点。いずれも甘い変化球だった。しかし、このシリーズ好調の続く赤星、今岡誠(阪神)を、力のあるストレートと切れのあるスプリットを駆使し2者連続三振に切ってとった。それだけに、このコメントには説得力を感じた。

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