■「パジェロで培ったプロトタイプマシンの再来になるかもしれない」
「この規定なら、パジェロで培ったプロトタイプマシンの再来になるかもしれない」そう語るのは、三菱自動車ディーラー勤務ながらラリードライバーとしてランサーエボリューションでWRCにも出場した杉本達也さんだ。杉本さんは93年の香港~北京ラリーのメカニックとして帯同するなどエンジニアとして技術的造詣も深く、技術面では付け焼刃な私の知識を補完いただいた。三菱のモータースポーツに関する技術的蓄積を守ってきた方々との親交も厚く、新生ラリーアートの活動の進化とともに明らかにできるエピソードも聞かせてもらえるだろう。

1997年 WRC ラリー・オーストラリア出場の杉本車 (C)杉本達也
欧州でのプレゼンス強化の一環としてのモータースポーツ、WRC参戦となれば当然欧州販売車両を選択することになる。既に欧州投入が予告されているのが「ASX」(日本ではRVR、一部地域ではアウトランダースポーツ)というコンパクトSUVだ。先の杉本さんも同様の見解だ。
おそらくルノー・キャプチャーと同じラインで生産される兄弟車となるだろう。たとえルノーから供給を受けるクルマだとしても、ラリー1車両は外観だけそれを模せば良くラリーカー自体は「純・三菱製」ということになる。
「SUVでWRC?」という懸念も不要だろう。現にMスポーツ・フォードはSUVのプーマ・ラリー1で参戦している。SUVをクロカン車両の延長線上に捉えがちな日本とは違い、欧州では「(車高)ベタ落しのハッチバック」さえSUVに分類する傾向も顕著だ。

フォード・プーマ Rally1 (C)Ford Media Center
日本ではアウトランダーやエクリプスクロスの陰でやや存在感の薄いRVRだが、世界的には販売ボリュームは大きいクルマだ。新型ASXがRVRの後継車種として日本にも投入されるかどうかは不明だが(ルノーのフランス工場は高コストで、そこからの輸入となると疑問が残る)、かつてトヨタも日本では販売していない外観のカローラWRCで参戦していたこともある。三菱のWRC復帰があるならば、日本のファンも歓迎するはずだ。しかもラリー1車両は市販車の実寸に縛られない「スケーリング」も認められている。将来欧州を含めた世界戦略車(例えば、ランサーエボリューションの後継車種に相当する商品)を投入する段になっても、まったくのゼロからのラリーカー開発にはならないだろう。
ラリー1規定は5年は維持され、必要に応じて見直しがされる。大きな特徴は電気も動力とするハイブリッド車となったことだ。電動ユニットは当面FIA (国際自動車連盟)の指定するサプライヤーからの統一ユニットだが、将来的には各ワークスチーム独自のユニット搭載も考慮されている。そこに自動車メーカーとしてのチャレンジの要素は残されているのだ。
そのときまでに企業としての体力をつけ、三菱自慢のS-AWC (スーパーオールホイールコントロール)搭載の三菱ワークスカーがWRCを駆けるとしたら、ファンにはたまらないだろう。
S-AWCは特定のパーツではなく「制御プログラム」であるから、現状のラリー1車両で禁止されているデバイスとしてのアクティブデフに該当しないと思われる。規制の可能性はないとは言えないが、それはそれで強豪と認められた証しともなろう。

現行三菱 RVR ラリーアート用品装着車(C)三菱自動車
以上のことから、純粋に可能性だけを想定すれば三菱自動車の決断以外の条件は整いつつあると言える。
しかし現実にWRCの復帰を考えたとき、2009年のワークス活動の終了後に欧州のモータースポーツ拠点を閉鎖した三菱は新たな活動拠点を構築する必要に迫られる。これが最大のハードルになる。だが私は、ここである人物の名が浮かんだ。
【後編に続く】
◆【三菱ラリーアート正史】第1回 ブランドの復活宣言から、その黎明期を振り返る
◆【モータースポーツ】コロナ禍に翻弄される日本レース界とスポーツブランド復活の狼煙
著者プロフィール
中田由彦●広告プランナー、コピーライター
1963年茨城県生まれ。1986年三菱自動車に入社。2003年輸入車業界に転じ、それぞれで得たセールスプロモーションの知見を活かし広告・SPプランナー、CM(映像・音声メディア)ディレクター、コピーライターとして現在に至る。










