■失業者への無料パスポート更新
ビジャレアルがクラブとして行ってきたのが失業者に対しての支援で、ここにこのクラブのサポーターに対しての寄り添う姿勢が垣間見える。
2000年代後半にかけての経済危機で大量の失業者が出たスペインの中でも、工場地帯であるビジャレアルの街には職にあぶれる人が続出した。しかし、これまでクラブを支えてきたソシオに対して、オーナーが始めに手をつけたのが失業者に対しての無料での年間パスポート更新だった。
「これまで自分たちが何者でもなかった時から応援してくれて、家族で年間チケットを買ってくれていた。経済、社会の動きの中でアクシデント的に職を失ってしまった彼らに、『お金が払えないんだったらダメ!』というのは違うわけです。
せめて、フットボールを見に来て感情を開放したり、2週間に1回ホームゲームがあるという想いが前を向いて歩いていく一つのモチベーションになったりしてほしい。それが(オーナーの)思想なわけです。そういうところにクラブの経営者(の姿勢)は表れるなと思います」。
■勝敗だけに左右されないクラブの姿勢
そんな“街のクラブ”として向き合う姿勢が一つの形として実を結んだのが2012年のこと。チャンピオンズ・リーグで旋風を巻き起こし、ラ・リーガでも上位に顔を出すなど躍進していたクラブがこのシーズンは18位で2部への降格を経験する。しかし、この時のサポーターの意外な反応は、およそ14年ビジャレアルに籍を置く佐伯さんのキャリアの中でも印象的な出来事として心に残っているという。
「普通降格したらブーイングでものが投げつけられ、スタジアムを出る会長の車を取り囲んでというのが見慣れてきた光景なんです。ものすごいショックだったはずなのに、サポーターから湧いてきた感情はどちらかというと感謝。私たちの起源というものをみなさん分かっているわけです。
彼らの中に降格しても残った想いは会長に対しての感謝しかなかった。これはフットボールの成績だけでは得られないものなんじゃないかと思うんです」。
このスタンスはサポーターだけでなく、ビジャレアルのチーム内に対しても向けられる。2012年の2部降格時は、放映権がおよそ10分の1以上の大幅な減収が想定されるのにもかかわらず、フェルナンド・ロッチ会長が指示したのは「育成アカデミーの予算に手をつけない」ことだったという。
また、近年の新型コロナウイルスの感染拡大により、減俸や職員を解雇せざるを得ないクラブが続出したにもかかわらず、ビジャレアルは全従業員の条件を下げることなく残す決断を下した。このような一つひとつの取り組みが、ビジャレアルに関わるすべての人々の心に響き、CLベスト4やヨーロッパ・リーグ制覇といった、勝敗の行方だけに左右されないこのクラブのアイデンティティーを作り上げていることを感じさせた。
佐伯さんが発する言葉の端々に感じられたのがビジャレアルに対しての深い愛情と、このクラブに関わってきたことへの誇り。人口5万人の街に根付くサッカークラブは、一朝一夕で作られたものではなく、また、作れるものではないとも思う。
プレーヤー、それをサポートするフロントやスタッフ、そしてサポーター…。「ビジャレアルCF」は、関わるすべてが同じベクトルを向き、互いに支え合い、歩みを進めてきた日々の積み重ねで作られた産物なのである。
◆【スポーツビジネスを読む】公益社団法人日本プロサッカーリーグ佐伯夕利子・元理事 中編 教育からスポーツまで根付くパワハラを正せ!
◆【スポーツビジネスを読む】公益社団法人日本プロサッカーリーグ佐伯夕利子・元理事 後編 「日本は日本のやり方がある」とする逃げ癖を直せ!
◆覚醒の様相を見せる21歳久保建英 “日本の至宝”が辿り着いたレアル・ソシエダという居場所
取材・文●井本佳孝(SPREAD編集部)










