サッカー日本代表がノミネート 世界中のファンが選ぶ「過去20年のスポーツシーンでインパクトを与えた瞬間」

世界40か国以上でスポーツを通じた社会貢献活動に取り組んでいるローレウスが、『ローレウス・スポーティング・モーメント賞2000-2020』の一般投票を特設サイトhttps://www.laureus.com/sporting-moments※英語表示のみ)にて開始した。

投票は2月16日まで受け付けている。この一般投票結果によって『ローレウス・スポーティング・モーメント賞2000-2020』の受賞者が決まり、2月17日にドイツ・ベルリンにて開催されるローレウス・ワールド・スポーツ・アワード2020にて発表および表彰される。

『ローレウス・スポーティング・モーメント賞2000-2020』とは

『ローレウス・スポーティング・モーメント賞 2000-2020』は、過去20年のスポーツシーンにおいて、スポーツが人々に団結をもたらし世界中にインパクトを与えた瞬間を表彰する。

フェアプレーやスポーツマンシップ、ヒューマニティ、逆境の克服、献身さ、スポーツを通じた団結力など、新しい時代におけるスポーツの真の価値を象徴する20の瞬間がノミネートされている。

日本からは、2018年に行われたFIFAワールドカップにおいて、アディショナルタイムに逆転負けを喫した衝撃の試合後にも関わらず、サッカー日本代表チームがロッカールームを綺麗に清掃し、さらに現地の言葉で感謝のメモを残して会場を後にするという一連の行為が『Message of Respect』としてノミネートされた。

投票は3つのラウンドに分かれて行われる。ファーストラウンド(1月22日まで)では20の候補すべてが投票対象に。セカンドラウンド(2月3日まで)ではファーストラウンド上位10の候補が投票対象となる。

そしてファイナルラウンド(2月16日まで)では、セカンドラウンドの結果により選ばれた5つの最終候補を対象に投票が行われる。ファイナルラウンドで最も票を集めた候補が『ローレウス・スポーティング・モーメント賞2000-2020』を受賞する。

ノミネートされた20候補

1.『A Golden Promise』
2008年マティアス・シュタイナー(ウエイトリフティング)

スーザンが亡くなる前、「2008年の北京オリンピックで金メダルを取る」と約束したウエイトリフティングのマティアス・シュタイナー選手。彼は決勝戦で劇的な勝利を収め、見事に金メダルを獲得。オリンピックでの約束を叶えた彼は、涙をこらえながら、表彰台で亡き妻の写真に口づけ

「私は超常的な力や迷信を信じるタイプではないのですが、今日は妻が見守ってくれていたと思っています」と語った。

2.『Ability of the Mind』
2002年ナタリー・デュトワ(競泳)

17歳の時に交通事故により左足を膝下から切断。それからわずか3か月で競泳の世界に復帰すると、1年後には歴史を作った。2002年、マンチェスター・コモンウェルスゲームズの800メートル自由形で決勝進出。競泳の主要な国際大会で、障がい者初の決勝進出という快挙を成し遂げた。

3.『Age is Just a Number』
2019/2020年スカイ・ブラウン(スケートボード)

スカイ・ブラウン選手はただの11歳の少女ではない。歩き始める前からスケートボードを始めた彼女は、世界最年少のプロスケートボーダーに。その類まれなスケートボードの才能により、過去80年で最年少のオリンピック選手となる。

年齢を超越する成熟した考えを持つ彼女は、女の子に向けたスケートボード普及活動、賞金の寄付、さらにはスケートボードを制作し、その売上全額を世界の恵まれない地域の貧しい子供たちに寄付するといったチャリティ活動を精力的に行っている。

4.『Brothers in Arms』
2016年アリステア・ブラウンリー、ジョナサン・ブラウンリー(トライアスロン)

メキシコ・コスメルで開催された世界トライアスロンシリーズで、アリステア・ブラウンリー選手はゴールを目前にして優勝争いから自ら外れて、弟ジョナサンを助けに行った

極度の疲労のためコース横で止まってしまったジョナサンに、3位で快走していたアリステアが肩を貸し、最後の数100メートルを共に走って一緒にゴールした

5.『Carried on the Shoulders of a Nation』
2011年サチン・テンドルカール(クリケット)

1983年以降ワールドカップ優勝から遠ざかっていたインド代表。伝説のバッツマン、サチン・テンドルカール選手は、自身6度目の挑戦となった2011年のワールドカップで遂に優勝を果たした

インド代表チームをけん引した彼は、地元での勝利を決めるとグラウンドを一周し、歓喜の涙を見せた

6.『Challenge of Fate』
2018年シャー・ボーユー(登山家)※2019年ローレウス・スポーティング・モーメント賞受賞

1975年のエベレスト登山の際、チームメイトに寝袋を渡したことが原因で両足を切断。その後、がんを患い、闘病を続けながら、エベレスト登頂という夢を諦めず挑戦を続けた。69歳で5度目のエベレスト登山に挑戦。両下肢切断者として史上2人目ネパール側のルートでは史上初となるエベレスト登頂成功の快挙を達成した。

7.『Equal Play, Equal Pay』
2007年女子プロテニス選手

2007年、ヴィーナス・ウィリアムズ選手をはじめとする選手たちの主張を受け、ウィンブルドン大会主催者女子選手にも男子選手と同額の賞金を与えると発表した。同年、ウィリアムズ選手はウィンブルドン大会で自身4度目の優勝を飾り、男子優勝者のロジャー・フェデラー選手と同額の優勝賞金140万ドルを獲得

この動きは長年にわたるもので、ビリー・ジーン・キングさんから始まり、マルチナ・ナブラチロワさん、シュテフィ・グラフさん、マリア・シャラポワ選手などの活動を経て実現。女性の平等な権利を勝ち取った大きな成果であると考えられている。

8.『Global Citizens』
2016年オリンピック難民選手団

2016年リオデジャネイロオリンピックの開会式で、史上初となる難民選手団が観客のスタンディングオベーションを受けた。紛争のため自国を離れた難民選手団は、オリンピック旗を掲げ入場。選手たちが笑顔で手を振りながら行進すると、観客は選手団に割れんばかりの声援を送った

9.『Eternal Champions』
2017年シャペコエンセ(サッカー)※2018年ローレウス・スポーティング・モーメント賞受賞

2016年11月28日、試合に向かうブラジルのサッカーチーム、シャペコエンセの選手たちを乗せた飛行機が墜落。生存者は77名中わずか6名で、そのうち3名がシャペコエンセの選手だった。

2017年8月7日、脊椎損傷のため手術を受けたディフェンダーのアラン・ルシェウ選手は、バルセロナとの親善試合でフィールドに復帰。ルシェウ選手はゲーム開始から35分間プレーし、スタンドから大きな歓声を受けた

10.『The Handshake』
2005年フレディ・フリントフ(クリケット)

2005年ジ・アッシズのセカンドテストで激しい攻防を繰り返した後、イングランドは2ランを取ってオーストラリアに勝利し、1987年以来の優勝を果たした

フレディ・フリントフ選手は、チームメイトと歓喜の瞬間を分かち合うのではなく、ウィケットで崩れるブレット・リー選手の元に歩み寄り、真のスポーツマンシップを示した。

11.『Hand of Fair Play』
2012年ミロスラフ・クローゼ(サッカー)

2012年、イタリア・セリエAのラツィオでプレーしていたドイツの世界的サッカー選手ミロスラフ・クローゼ選手は、ナポリ戦の序盤でシュート。ボールはネットを揺らし、ゴールとなりった。

ほとんどの選手が何事もなかったかのように振舞っている中、クローゼは自ら審判に対しボールが手に触れたことを告げた。ゴールは取り消しとなり、ナポリが3-0で勝利した。

12.『Houston Strong』
2017年J.J.ワット(アメリカンフットボール)※2018年ローレウス・スポーツ・インスピレーション賞受賞

2017年、大型ハリケーン・ハービーがヒューストンを直撃。6日間で、テキサス州全体およびルイジアナ州の一部で、推定27兆ガロンの降水量をもたらした。

復旧にかかる費用は2000億ドルを超えるとも言われていた。この洪水を目の当たりにしたNFLヒューストン・テキサンズのスター、J.J.ワット選手は、被災者・被災地のために寄付を募り、4000万ドル以上の募金を集めた。ワットはその功績により、ローレウス・スポーティング・インスピレーション賞を受賞している。

13.『Giving Back』
2016年エリザベス・マークス(競泳)

エリザベス・マークス選手は2014年、ロンドンでのインビクタス・ゲームに向かう途中、深刻な呼吸器感染を患いパプワース病院に入院し、治療のため10日間昏睡状態にあった。復帰への固い決意と忍耐力で、彼女は2016年のオーランドで行われたインビクタス・ゲームの競泳に出場を果たし、4種目で見事優勝した

彼女はハリー王子から自由形の金メダルを授与される際、命を救ってくれたパプワース病院の素晴らしいスタッフにそのメダルを渡してほしいと頼んだ。

14.『Like Father Like Son』
2017年ミック・シューマッハ(モーターレース)

2013年12月、モーターレース界のレジェンド、ミハエル・シューマッハ選手は、頭部外傷により脳に損傷を受けた。すべてのドイツ国民がその身を案じる中、息子のミック・シューマッハ選手が父の意志を受け継いだ。

ミック選手は父ミハエル選手の打ち立てたF1優勝91回のうち、4回の優勝を果たしたトラックでデモ走行を行い、ミハエル選手の2004年のタイトル獲得から15年目の記念日を祝った

ホッケンハイムでこの車を運転するのはとても大きなことだと思います。F2004は15回の優勝と、1シーズンで両方のチャンピオンシップ・タイトルを獲得した素晴らしい車で、黄金時代の集大成だったと思います」と語った。

15.『Message of Respect』
2018年男子サッカー日本代表チーム

FIFAワールドカップのベルギー戦にて、2-0でリードしていたものの、アディショナルタイムで逆転され2-3で敗北。選手、そしてサポーターたちは落胆を隠せなかった。

しかし、選手らは相手チームに敬意を表し丁寧にお辞儀をした。また日本チームは使用していたロッカールームを綺麗に片付け、さらに開催国のロシアに対して、ロシア語で感謝の言葉を書いたメモも残した

16.『One Moment, One Nation』
2000年キャシー・フリーマン(陸上)

ローレウス・アカデミー・メンバーで、オーストラリアの陸上選手、キャシー・フリーマン選手は、アボリジニとして初めてオリンピックに出場し、またスポーツイベントにおいて初めてアボリジニの旗を掲げた

2000年シドニーオリンピックでは聖火ランナーとなったほか、400mで金メダルを獲得。フリーマンは、アボリジニだけでなく、現代オーストラリアの新しいシンボルとなった

17.『Riding the Wave』
2014年べサニー・ハミルトン(サーフィン)

2003年13歳の時、サメに襲われ左腕を失った。そのわずか数か月後には、サーフィンを再開して大会にも出場し、アメリカ代表にまで上り詰めた

彼女の強い決意と絶え間ない努力により、2014年にはハワイのパイプラインで、大規模な大会では初となる優勝を飾る。特別な待遇や支援を受けることなく巨大な波を乗りこなすハミルトンは、現在でも多くの有力女性サーファーを抑える実力を備えている

18.『Running the World』
2019年ニック・バター(陸上)

すべての国でフルマラソンを走った史上初のランナー。わずか23か月間で達成。前立腺がんと診断された友人のケビン・ウェバーさんに影響を受け、すぐに仕事を辞め、このチャレンジに乗り出した

世界196か国でフルマラソンを走り、イギリスで前立腺がん研究・治療などを行う団体へ寄付も行った。2019年11月10日、ギリシャでこのチャレンジを完走した。ウェバーさんも駆けつけ、一緒にフィニッシュラインを超えた。

19.『Sporting Kids』
2016年U12バルセロナチーム(サッカー)※2017年ローレウス・スポーティング・モーメント賞受賞

ジュニアサッカーワールドチャレンジ決勝戦で1-0で日本チームを破ったあと、彼らが日本チームを慰め、称えている姿は、サッカーが真に紳士のスポーツであることを証明した

試合終了を告げるホイッスルが鳴ると、喜ぶバルセロナ代表の傍らで、大宮アルディージャの選手たちは落胆していた。すぐにそれに気付いたバルセロナの選手たちは、日本の選手たちを抱きしめ、そのスポーツマンシップが感動を呼んだ。

20.『Zanardi at the Wheel』
2016年アレッサンドロ・ザナルディ(ハンドサイクリスト)

元F1ドライバー、アレッサンドロ・ザナルディ選手は、両脚を失ってから15年目を迎える前日のパラリンピックで、金メダルを獲得した。

2012年ロンドンオリンピックで金メダル2個を獲得した49歳のザナルディは、2016年リオデジャネイロパラリンピックのH5ロードタイムトライアルでも見事1位に輝いた

≪関連記事≫

サッカー日本代表に世界中から称賛の声 アジア杯後もロッカールームを清掃「FIFAが表彰するべき」

サッカー日本代表「散歩隊in大阪」 中島翔哉や眼鏡姿の柴崎岳も

サッカー日本代表の選手紹介が面白い 中島翔哉は「ポメラニアンと思い飼っていた犬が…」

酒井宏樹、サッカー日本代表の元レイソル組で集合 選手同士の繋がりにも注目

この記事が気に入ったらフォローしよう

最新情報をお届けします