悲願のNBA初制覇か、ブルックリナイトの希望は夢と消えるのか ハーデン、ネッツ加入の賭け

ネッツへ電撃移籍したジェームズ・ハーデン (C)Getty Images

■スポーツから見るブルックリナイトの心意気

ブルックリン住民の心意気を理解するには、ブルックリンに、少なくともニューヨーク市に住んだ経験を持つ者でないと難しいのだろう。

ブルックリナイト(Brooklynite)=ブルックリン子は、決して自らを「ニューヨーカー」と名乗らない。これは1898年まで、ブルックリンが独立した市であり、マンハッタンとはそれまで「双子の街」とまで呼ばれていた気概に由来する。

その気概はスポーツにも如実に現れている。ニューヨーク(以下、NY)に最初のMLB球団が誕生したのは1882年のこと、ニューヨーク・ジャイアンツだった。翌1983年にはブルックリン・ドジャースが産声を上げた。その後、1901年に創設されたボルチモア・オリオーズ(※同名の球団は史上3つ存在し、そのひとつが現在のオリオールズだが、同名であるだけで経営としては無関係。MLBのトリビアだ)は、1903年にNYへと移転、ひとたびハイランダーズと名乗った後、1913年にニューヨーク・ヤンキースと現在の名称に変更された。ヤンキースはNYのMLB市場において新参者だった。

多くのファンがご存知の通り、ドジャースは1957年にロサンゼルスへ、ジャイアンツは1958年にサンフランシスコへ移転、現在もそのまま名門として歴史を刻んでいる。寂しくなったNYには1962年、代わってメッツが登場した。

ドジャースの移転については、ブルックリンの多くの住民がいまだに根に持っており、小説や映画でもその描写はたびたび登場する。NYには5つの区が存在するが、その区の名称をチーム名に掲げたのは、ドジャースのみ。現在、ヤンキースはブロンクスに、メッツもクイーンズに本拠地を持つが、どちらもブロンクス・ヤンキース、クイーンズ・メッツとは呼ばない。こうした点にドジャースの特異性が現れている。

■ブルックリン・ネッツの誕生にブルックリナイトも狂喜乱舞

「これはNBAの記事ではないのか」、ごもっとも。しかし、ここを理解しなければ、ジェームズ・ハーデンのトレードにおけるブルックリン・ファンの熱狂を理解し得ない。

一方のネッツは1967年、NBAではなくABA(アメリカン・バスケットボール・アソシエーション)のいちチーム、ニュージャージー・アメリカンズとして誕生。翌年NYに移転し、ニューヨーク・ネッツとなる。74年、76年にはドクターJジュリアス・アービングを擁し、ABAチャンピオンとなるが、シーズン終了後ABAは解散。NBA加入とともにニュージャージー(以下、NJ)に戻った。オールドファンはご存知だろうが、ダンクの代名詞とされた選手の元祖は、このアービング。マイケル・ジョーダンは「アービング2世」と形容された過去もある。

このネッツが2012年、「ブルックリン」の名を冠し、移転した。ブルックリン・ネッツの誕生だ。これは、つまり実に55年ぶりに、アメリカ3大スポーツのフランチャイズがブルックリンには戻って来たことを意味する。もちろん、ブルックリナイトも狂喜乱舞した。その熱狂さ加減は、英BBCニュースにまで取り上げられていた事実からも少しは理解されるだろうか。

◆Jay-Z brings Nets basketball team to Brooklyn(BBC)
◆Brooklyn is Back(BUTTE SPORTS)

■NBA未制覇のネッツが3年連続得点王ハーデンを獲得

ネッツのスティーブ・ナッシュHC (C)Getty Images

残念なことにネッツはNBAの常勝チームではなかった。加盟後2000年代に入るまで、勝率5割を越えたのはわずか7度。私自身、ネッツの試合をこの目にしたのは1998年のプレーオフのみ。わざわざハドソン川を越えNJまで足を運び、ジョーダン率いるシカゴ・ブルズに蹴散らされるのを目撃した一度だけだ。

そのシーズンに活躍したキース・ヴァン・ホーンが残りその後、ネッツはジェイソン・キッドに牽引され、2002年、03年とチーム史上初めてファイナルズに、しかも2年連続で進出。ネッツ球団史上、もっとも輝いた、そしてわずかなハイライト・シーンだ。残念ながら、そのどちらも敗退で幕を閉じ、NBA未制覇のままだ。

2012年のブルックリン移転後は、8シーズンで5回プレーオフに進出するなど、NJ時代よりも遥かに有力チームに仕上がってはいる。だが、ポール・ピアースケビン・ガーネットなど22シーズンぶりにセルティクスに栄冠をもたらしたビッグ・ネームを獲得した2014年も期待された成績を残せず、ブルックリナイトを落胆させたのは、記憶に新しい。

昨シーズン前にケビン・デュラントカイリー・アービングとこれまた躍進を期待させるデュオを手に入れながら、怪我に泣いた。

今シーズン、さらにヘッドコーチにスティーブ・ナッシュを迎えた。フェニックス・サンズダラス・マーベリックスの司令塔として活躍したナッシュは、日本人初NBAプレーヤー田臥勇太が所属したサンズのスターティング・ポイントガードとして日本のファンの間でもおなじみだろう。ネッツ・ファンにとっては、そのビッグ・デュオが健康でラインナップに戻ってくれれば「希望が持てる」というお膳立てはあった。

実際、アービンがまだ戦列に戻っていないという状況でありながら、怪我から復帰したデュラントに充実が見られ、シーズンもスタート10試合そこそこながら、プレーオフ圏については計算できそうな気配だ。

なんと、そこに3年連続得点王に輝いたハーデンが着地。ネッツ・ファンではなくとも、このチームを観たい。

戦列復帰が待たれるカイリー・アービング (C)Getty Images

■ハーデン加入でネッツどのような化学反応が起こるのか

問題はこのビッグ3を中心に、どうケミストリーを生み出すか。デュラントとナッシュは、ゴールデンステート・ウォリアーズがNBAを制した際の選手とコンサルタント。アシスタント・コーチのマイク・ダントーニは、ハーデンにとってヒューストン・ロケッツで充実したプレーを見せていた頃のヘッドコーチ。この関係性は有効に機能するとみてのトレードだろう。

3人の中で唯一チャンピオン・リングを手にしていないのは、ハーデン。この陣容を見れば、ついに自身にチャンスが巡って来た点を十二分に理解し、モチベーションは高いだろう。

あとはNBA一のPGとまで称賛されたナッシュが、アービングをどこまでハンドリングできるか。また、アイソレーションを好むハーデンがどこまでチーム戦略にアジャストできるかの2点だろう。

アシスタント・コーチにはやはりアマーレ・スタウダマイアーが名を連ねる。ナッシュ、スタウダマイアー、ダントーニは2000年代、サンズで超攻撃的バスケを具現化させた顔合わせ。現在のNBAのプレースタイルを考慮すると、その攻撃的なバスケはさらに有効と考えられ、ポイントゲッターのビッグ3はマッチする。勝利チームの得点が90点に届かない試合も多かった1990年代と比較すれば、現代のNBAなどディフェンスはあってないようなバスケ。オフェンスが機能しないとは、想定できない。

3ポイントシューターのジョー・ハリスが、ビッグ3の恩恵を受けオープンになるだろう点も見落としてはならない。今季成功率50%以上を誇るプレーヤーは、このラインナップの切り札となる局面もやって来ると想像できる。

ハーデン、アービング同様に活躍が期待されるケビン・デュラント(C)Getty Images

■66年ぶりにブルックリンへ優勝トロフィーを ギャンブルの行方は……

それでも、今回のトレードはまったくのギャンブルだ。

2021年の1巡目指名交換権利
2022年の1巡目指名権
2023年の1巡目指名交換権利
2024年の1巡目指名権
2026年の1巡目指名権
2025年の1巡目指名交換権利
2027年の1巡目指名交換権利

このリストを眺めれば、ネッツが失ったものがいかに大きいかわかる。今後およそ10年にわたってネッツの未来はない。ジャレット・アレンカリス・レヴァートを失った影響も露呈する可能性は否定できない。

その代わり、今シーズン、長い目で見ても来シーズンまでの限定でネッツは、チームにとって悲願のチャンピオン・リングを初めて手にする可能性を掴んだ。また、「ドラフトを10回繰り返したところで、この3人をラインナップに並べられるかだってギャンブルだ」と見る向きもある。

ブルックリン在住ながら、長年ニューヨーク・ニックスファンのマルコ・メンデスさんは「今年はネッツを応援するさ。これだけの賭けが、どうでるかだけでも興味深いじゃないか」とその期待度を隠さない。

さて、これまで脚光を浴びることの少なかったブルックリン・ネッツ。果たして夢を掴むのか、それとも敗れ去るのか……今シーズンの見どころになった事実に相違はない。ネッツが優勝すれば、ドジャーズがワールドシリーズを制した1955年以来、実に66年ぶりにブルックリンに優勝トロフィーが降臨することになる。

ブルックリナイトでなくとも、ブルックリンのスポーツバーで、ブルックリンラガーを片手に、その瞬間を目撃したいものだ。

余談だが、NBAファンの中には「ラッセル・ウエストブルックワシントン・ウィザーズへ、ハーデンがネッツへ。大きなライバルが消え、漁夫の利を得たのはロサンゼルス・レイカースレブロン・ジェームズだ」と嘯く者もいる。

はてさて、2021年のNBAはいかに。

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。


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