誰もが「まさか」と思わなかったか…。
もちろん、田中将大がベンチ入りしている時点で「どこかでマーくんが投げるのか…」という予想は出来た。
だが、先発の美馬学が6回を1安打二四球の零封、それを受けた則本昂大が7、8回を2安打無失点の好リリーフ。負担を考えれば、9回は則本の続投でも良かったのではないか。しかし、マーくん、いや田中様は、仙台の本拠地で9回のマウンドに立った。そして、7回から降り始めた雨は、より強さを増す。
前日160球を投げた田中は万全からはほど遠い。雨のせいもあるだろう。しかし、自慢のストレートは150kmを越えることはなく、前日の田中がそうであったように、微妙なコントロールがなされていなかった。しかし、その目に宿る闘志は、前日の疲労も、球史の常識も、悪天候もすべてを凌駕した。
先頭バッター村田修一に三球目のストレートをセンター前に弾き返され出塁を許す。最後の同級生対決となるだろう坂本勇人は空振りの三振、続くジョン・ボウカーをファーストゴロで二死とするが、村田は二進。昨日、同点ホームランを打たれたホセ・ロペスには、不用意な初球のストレートをライト前へ落とされ、二死一三塁。巨人は代打の矢野謙次。点差は三点。そこへ威力に疑問の残るストレートではなく、魂のスプリットを四球続けて空振りの三振。レギュラー・シーズン、クライマックス・シリーズ、そして日本シリーズで胴上げ投手になった。
シーズン16連勝以上を飾った投手が在籍したチームは、これまですべて日本一を達成。そのジンクスを継続した。
シーズン中、小さな記録を達成するごとに「史上初、史上初」と騒ぐマスコミに対し、苦言を続けて来たが、筆者が密かに期待していた通り、田中将大は本当に稲尾を越え「神様、仏様、田中様」として伝説となった。
■試合後に田中コールで沸くKスタ
田中は試合後のお立ち台で「この舞台を用意してくれたみなさまに感謝し、マウンドに上がりました」。優勝の瞬間について「ほっとしました」としながらも星野仙一監督の胴上げについては「ここKスタで、東北のみなさんの前で胴上げすることが出来て嬉しかったです」とした。最後に東北についてのひと言を求められると「ありがとう!」と絶叫。「最高のシーズンでした! 日本一になったぞー!」と締め括った。
お立ち台を降りた後もKスタに「田中!」のコールが鳴り響く。日本シリーズのMVPは、2勝を挙げた美馬が獲得。もちろん、その大車輪の活躍は言うまでもないだろう。しかし、田中が日本プロ野球史において、記録だけでなく記憶にも「神様、仏様、田中様」として語り継がれる伝説となった瞬間だった。
解説の工藤公康(現ソフトバンク・ホークス監督)はこうコメントした。「いかに精神力が強いか。本当に凄いピッチャーだと思います」。田中は本当に凄い投手だ。筆者も40年ほど日本シリーズを眺めているが、これほど鳥肌が立つエンディングは初めてだ。
東北楽天、日本一! 東北のみなさん、本当に日本一おめでとう!
Yahoo!ニュース個人2013年11月3日 掲載分から加筆・転載
著者プロフィール
たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー
『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。
MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。
推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。
リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。
著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち』など。