【テニス】殿堂プレーヤー、ノボトナに捧げる クレイチコバの全仏オープン単複優勝

全仏オープンで四大大会初優勝&単複2冠を達成したクレイチコバ(C)Getty Images

相手のボールがベースラインを越えた瞬間、バルボラ・クレイチコバ(チェコ)は両手を突き上げ、グランドスラム・シングルス初優勝の喜びを噛みしめた。長らく待ち望んだ瞬間であったはずだ。

ファミリーボックスの関係者たちも、涙ぐみながら天を仰ぎ、彼女の成功を誰かに伝えているようにも見えた。そう、それは恩師である故ヤナ・ノボトナに送った感謝の報告に違いない。

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■「この2週間で起きたすべては彼女のおかげです」

「この2週間で起きたすべては彼女のおかげです。憧れのヤナに出会い多くの影響をうけ、とても幸せでした。彼女がいなくて、とても寂しいけれど、これを見て喜んでくれていると思います」。

18歳の時、クレイチコバは、チェコの大スター、ノボトナに直談判し指導をお願いした健気な少女であった。ノボトナはウィンブルドン覇者であり、サーブ・アンド・ボレーを軸に数多くのタイトルを獲得、2005年にはテニス殿堂入りを果たした名プレーヤーである。そんな彼女が後進のために若きチェコの新星のコーチを引き受け、遠征に帯同しながら切磋琢磨し共にクレイチコバのテニスを磨いてきた。

それから3年、がんに倒れ自宅療養していたノボトナが亡くなったニュースが世界をかけめぐった。テニス界は深い悲しみに暮れ、さらに師事していたクレイチコバからすれば、心をえぐられるような別れだった。

ヤナが亡くなったとき私は本当に辛い時期だった。ほとんどの時間を彼女と過ごしていたから……今も彼女がどこかで私を見守ってくれていることはわかっているけど」。

この赤土の戦いを潜り抜けるたび、クレイチコバはコート上のインタビューで亡き恩師への想いを口にした。

思い返せば、クレイチコバとノボトナの長くはない遠征生活の一ページを筆者は見ていた。今回の優勝と二人の師弟愛を考えると心が震えずにはいられない。

■共に汗をかき、情熱をクレイチコバに手渡したノボトナ

国内でのITFサーキットで同大会に出場していたころ、彼女はパワーショットやタッチセンスがあるものの、精神面のコントロールに苦労し、大会序盤での敗戦に苛立ちと困惑を抱えているように見受けられた。

そんな時もノボトナは朝から彼女の練習に真摯に向き合い、コート上で自身の情熱を後進へと手渡し続けた。選手と同じように汗をかき、共に勝利へのエネルギーを紡ぎ出していた。ノボトナの姿は、会場の隅のコートでもやはり光輝いていた。「あのヤナ・ノボトナがいる」と時として若きクレイチコバよりも注目を集めてしまっていた。今となっては追憶のひとつだ。

今大会のクレイチコバの活躍は素晴らしいものだった。シングルスでの優勝ももちろん快挙だが、翌日のダブルス決勝ではジュニア時代から共に戦うカテリナ・シニアコバ(チェコ)と快勝、2000年大会のマリー・ピエルス(フランス)以来の単複制覇の偉業を成し遂げたからだ。

クレイチコバといえば、ジュニア時代からダブルスの名手。プロに転向してからもツアー8勝を誇り、全仏とウィンブルドンで2度のグランドスラムタイトルを獲得。シニアコバとはジュニア時代にも同2大会のジュニア部門を制している。ミックスダブルスに至っては全豪で2019年から3年連続で優勝している。

しかし、本人からすれば「ダブルスの名手」と呼ばれることにしっくりきていなかったように思う。元々、最終的なゴールをダブルス・チャンピオンに見据えプロの道を選んだわけではないはず。きっと喉から手が出るほど「シングルスでも同じような活躍がしたい」と望んでいたことだろう。その渇望がようやく結果に結びつきだしたのは、今季に入ってからだ。


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