【スポーツ回顧録】デービッド・オルティスが東京ドームで魅せたメジャーの洗礼 脅威の160メートル弾

日米野球に参加したデービッド・オルティス(左)とブルース・ボウチー監督(C)Getty Images

東京ドームで場外ホームランを見ることはない

だが、高々と上がった打球を記者席から見上げながら「げ、場外ホームランだ」と一瞬思った。5万2000人の大観衆、驚かぬ者は誰もいなかったろう。そんなデービッド・オルティスボストン・レッドソックス)の一発だった。

2004年11月、久々に開催された日米野球の第2戦でオルティスが放った一発には、まさに度肝を抜かれた。推定飛距離は160メートル。

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■「ドミニカまで飛んでいくような手応えだった」

4回、先頭打者として打席に入った4番のオルティスは、0-3のカウントから全日本先発の渡辺俊介投手(千葉ロッテ)の4球目、132キロのストレートに対し、まるで右腕一本で巻き込むようなスイングをすると、打球を右翼最上部、ドームの屋根と右翼の壁際に運んだ。

打った瞬間ドミニカまで飛んでいくような手応えだった」とオルティス。試合後も着替えを終え報道陣に囲まれると「今日のホームランはどうだった?」と自ら記者団に逆質問するほどの上機嫌さを誘う一発だった。打たれた渡辺も「球場2つ分は飛んでるね」とあきれた。

オルティスは、渡辺の独特のサブマリン投法との対決に最初の打席は105キロのスローボールを待ち切れずに空振り三振。剛と柔の対決、渡辺のユニークな投球は「けっこうメジャーリーガー相手にも通用するな…」と思わせた1打席目だった。だが、世界一を成し遂げたレッドソックス軍団の4番は、やはりそれほど甘くはなかった。「1回目はしてやられたけど、2回目は仕返ししてやったよ。(勝負とは)そういうものだ」」とオルティスも、してやったりだ。

193センチ104キロ、小山のような巨漢。レセプション・パーティに出席した私は、突然目の前をグレーのパーテーションで遮られた。「え? いったい何が起こったんだ」。そう思ったら、そのパーテーション(?)の正体は、グレー・スーツ姿の、グラスを手にしたオルティスだった。彼が目の前を歩くと、180cm弱の私にとって、まさに視界を壁で遮られたかのように感じた。

同じパーティ会場に姿を見せた城島健司福岡ダイエー・ホークス)や古田敦也ヤクルト・スワローズ)の両捕手が小さく見えた。胸囲などは日本人選手の倍はあるだろう。

この日、3番を打ったミゲール・カブレラ外野手(マーリンズ)と比べても、その大きさは際立っていた。そんなオルティースのパワーを生かしたバッティング、大飛球も当然のことかもしれない。

全日本の各バッターは、メジャー公認球の「重さ」に苦しんでいるようだ。「これは」と思うような打球も、みなスタンド手前で失速してしまう。そんなシーンを見せられていた後だけに、メジャーリーガーとのパワーの差を痛感させられた瞬間だ。世界のホームラン王、王貞治監督(福岡ダイエー)までもが「バッティングは力だね」と驚きを隠せなかった。

オルティスが打席に入るたびに、三塁側スタンドから「レッツ・ゴー・レッドソックス!」のエールがかかる。ワールドシリーズも終わり、オフシーズンに行われる日米野球だけに、本来の力を発揮せずに帰国する選手もあるようだが、ことオルティスに関してそんな心配は無用。今後の試合でも、ぞんぶんにそのパワーを披露してもらおう。

残り6戦。日本のファンにどんな一発を見せてくれるのだろうか。

MSNスポーツ 2004年11月7日掲載分に加筆・転載

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨーク大学などで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。


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