■バーティの優勝が残した「完璧なテニス」
だが、勝たなければ示せないこともある。バーティはこの優勝を通じて何を残しただろうか。キレのあるスライスの使い方やサービスゲームの組み立て方、または、相手の弱点を見極め、自身のテニスをフィットさせる並外れたゲームマネージメント力、それとも謙虚な姿勢と実直な人柄か……そのどれもが尊いが、この点と点を繋げた先に描かれた理想こそ後世への最高の産物だろう。
それは「完璧なテニス」だ。
5歳からテニスを始めた彼女の最初のコーチであるジム・ジョイス氏は、若かりしバーティに「すべてのサーフェスでプレーできる完全なプレーヤーになること」と課題を出したのは有名な話だ。もちろん彼女の才能を見出してからの助言だったのかもしれないが、この言葉はバーティにとって大きな役割を果たし、すべてのサーフェスで成功を収める結果を導き出した。
ラケットを持った子供たちにとって世界最高峰大会であるグランドスラムは身近なものであり、自国プレーヤーたちは最初に全豪オープン優勝を夢に掲げる。その環境下で同じような志を持つ者同士が出会い、競い合うことは今のバーティを育む大きな土台になった。
それは、テニスの豊かな歴史を持つ国の特権と言っていいだろう。
15歳でウィンブルドン・ジュニアに優勝し、あの頃に描いた「プロでの成功」をバーティは今まさに味わっているはずだ。3つのグランドスラム・タイトル、オールラウンダーとしての成功、この過程では若くして一度引退を経験したが、それも人生の醍醐味。人はみな、悩みと葛藤を抱きながら成長を遂げていく……色濃き道を歩んできた26歳はそれもすで知っていることだろう。
そうして育まれた逞しい心は、この過酷な2週間の戦いの中で選択を誤ることはなかった。勝利に必要な冷静さと我慢強さを併せ持ち、コートでスマートな試合運びを見せてきた。相手を苦しめる賢いテニス、問題解決に優れた頭脳と安定したメンタル、それは大舞台の決勝戦でも大きく変わることはなかった。その多才さは以前より一段とブラッシュアップされ、全仏制覇とウィンブルドン制覇の時とも違うレベルにあったように思われる。
これまでのバーティは時折、暴発するかのようにフォアのコントロールを失う瞬間があった。だが今季に入ってから前哨戦も含めた11試合で、常に安定したフォアを見せつけている。決勝の第2セット、ゲームの危機的状況に最大の武器として自身のピンチを救った。キレのあるショットに加えコントロール精度が非常に高く、プランを実行に移せば高い確率で成功する。それほど正確なショットが勝因となった。
バーティほど、あらゆるショットを使いこなせる現役プレーヤーは他に思い浮かばない。それほど豊かなショット・バリエーションを明晰な頭脳を持って駆使されれば、彼女ほど手強い選手もいないだろう。今日の活躍を見ているとこれから長く続くバーティの時代が来ることを予見させる。
驚いたのは、優勝後に自身のテニスについて「間違いなく、やるべきことはまだまだある」としていたコメント。これ以上にどんな成長を見せくれるというのだろうか。テニスを愛してきたものとして興味は深まるばかりだ。
また優勝した瞬間について「自分でも珍しいことだけど、感情を少し吐き出すことができたと思う」とも語り、今までの希望や困惑そしてプレーシャーを、この母国で解放できたことが今後のさらなる飛躍のきっかけになるように思われる。
終わってみれば世界No.1の圧勝劇だった。このパンデミックによる厳しい封鎖に耐えてきた母国で、新たなレガシーを生み出したアシュリー・バーティを日本人である私も誇りに思う。
◆18歳での引退からカムバック バーティが叶えた夢のウィンブルドン制覇
◆元世界1位マリー相手に大金星 ダニエル太郎に見た超攻撃的スタイルの完成
著者プロフィール
久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動に尽力。22年よりアメリカ在住、国外から世界のテニス動向を届ける。










