■日本スポーツ界におけるジェンダー格差
アスリートの社会的ステータスそのものもさることながら、さらに日本ではスポーツ界におけるジェンダー差も問題になっている点は、どう捉えているか、迫られる時間の中で訊ねた。
「ジェンダーイシューは日本に限られた話ではないですよね。アメリカのサッカー代表男女賃金差問題などもそのひとつ」。米女子代表は男女代表におけるワールドカップを始めとする賃金差を良しとせず、米サッカー協会を提訴。去る2月、代表選手の賃金を男女ともに同一とする和解が成立した。
佐伯さんは続けた。「ジェンダーイシューはヨーロッパにはないのか……と問われると当然あります。しかし日本とは、問題の深さというか濃度、重大さが異なります。3段階で評価すると、真っ赤な赤信号がついているのが、日本。そして、ジェンダーについてもハラスメントについても案件が多すぎる。欧米でも、黄色が点灯しているのはいっぱいある。でも、そのレベルはあまりにも違う。その要因は、日本が島国であるという点に起因すると痛感します。サッカー界も同様で、すべて日本国内で完結してしまう。これが問題! 世界という土俵に上がっていかなきゃいけない! 島国だからこそ、本当に高い意識を持っていかないと、一生島国で完結するものではありません」と世界を見据えた話題となると、俄然ボルテージがあがる。
「これは日本のゴルフ界の方からのお話ですが、プロ・ゴルファーとして生計を立てるために、わざわざ世界のトーナメントにチャレンジする必要がないそうです。国内のトーナメントに出場するだけで賞金は稼げる。世界にチャレンジしてしまったら、勝てない。勝てないと賞金が獲れず暮らせない。するとチャレンジする意味はない。国内でそこそこやって賞金がもらえれば、よっぽどいい生活ができる。これが日本で完結している顕著な例です」と解説してくれた。
この発想は戦後、世界GDPで2位となるまで経済復興を遂げた日本の姿そのものだ。1億2800万人以上の人口ゆえ、内需により日本経済は十分に潤って来た。国内で通用する製品さえ作り出せば、十分に経済成長が可能だった。高度成長期、世界に飛び出して行ったのは、自動車メーカーや家電メーカーなどの分野に限られていた。そして、そのいくつかは現在もグローバル企業として機能している。1989年、世界における企業の時価総額ランキングでは、TOP50のうち1位からNTT、日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行と続き日本企業が実に32社を占めていた。これが2019年となると上位は、1位からアップル、マイクロソフト、アマゾン、アルファベットとなり43位にかろうじてトヨタが日系として1社だけ顔を見せる状況に激変する。「国内にとどまっていれば問題ない」意識が、この30年で世界においていかれる経済状況を生み出した。佐伯さんは「そうであってはいけない」と断言する。
「サッカー界を眺めると私たちは舞台も、マーケットも世界! 絶対に世界に出ていかないといけません。競技力もジェンダー問題もハラスメント問題も、すべてをグローバル・スタンダードに合わせる必要があります。『グローバル・スタンダートとは何か』を考えるところからスタートだとしても。これはバスケットボールやテニスも同じかと。そんな中で、サッカーは日本のスポーツ界を牽引できると思います。サッカーの競技人口は世界で約2億6,000万人(三菱UFJ信託銀行調べ)。ボールひとつでどこでもプレーできる。サッカー界が持っている可能性は広い。グローバルという意識をどうしたら日本で理解してもらえるかと言うと、まずは自分たちがグローバルの舞台に乗らないとわからない。サッカーならそれができると思います」。
そのためには、どうすればいいのか……。
「スポーツ界も『日本には日本のやり方が』と言い出し、すぐに逃げる癖があります。『ジャパンウェイ』とか『日本流』とか、スポーツの戦術そのものとして考える分には問題ありませんが、ビジネスのありようを含め都合のいいように使うのは、そろそろ止めましょう。これからは『日本流って何? 日本に閉じて逃げようということか?』としつこく問わなければなりません。グローバリゼーションは今や世界を包み込み、世界を舞台に競争力を高めるためには、多様性も絶対に不可欠。外からの風を受け入れないと、自滅して行く、スポーツ界もしかり」とはっきりと佐伯さんは言い切る。
「日本のスポーツ界は危ない」と警鐘を鳴らし、Jリーグを後にした佐伯さんが残した「波紋」に日本のサッカー界は、いやスポーツ界は、どう相対して行くのか。今後より真摯に向き合わなければならない課題が残されている。
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著者プロフィール
松永裕司●Stats Perform Vice President
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoftと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist。