■外野手のカバーリングが遅い
ひとつのプレーが勝敗を分け、順位も変わってくるのが野球で、あそこで打っていたら、あの打球を捕っていれば、と言いたくなるのが野球である。投手は捕手のサインを見て力いっぱい腕を振り、打者はそれをバットで打ち返し、野手はその打球にグラブを精いっぱい伸ばし、走者は全速力で塁を奪おうと疾走する。その結果思ったとおりにならなくても、それはしかたがない、悔いが残るプレーではないはずである。「あそこで打てなかったことに悔いが残る」というような表現をする選手がたまにいるが、文法上おかしくはないのだろうけれども私は全力を尽くしたのなら後悔ということばは使う必要はないと思う。
別の作戦を取ったら、配球を変えていたら、前進守備を取っていれば結果は違っていた、などということも言いたくなるけれども、最適の判断だと思っての選択をした結果だからそれもしかたがない。ただ、全力疾走を怠ったとか、ボールから目を離した、アウトカウントを間違えた、というような昔よく使われた「ボーンヘッド」はなんとしても避けたいところだ。
そう考えていくと、自分の意思でできることなのにそれを怠るという事象はスポーツの重要な試合ではあまり見つからないのだが、ひとつ思いつくのはカバーリングである。
日本の野球はこの点徹底していて、投手は「しまった、打たれた」という思いを抱きながらもすぐに三塁や本塁のほうにカバーに走っているし、捕手の投手への返球でもだいたい反対側の内野手が悪送球に備えてカバーリングに動いているものだ。
ところが、外野手が必ずしもそうではないと私はプロを見ても学生を見ても思うことがある。
■余計な進塁をいかに防いで勝利につなげるか
日本シリーズ第6戦の9回表、読者はよく覚えていると思うが、無死一塁で紅林弘太郎の送りバントを処理したスコット・マクガフの一塁送球がそれ、ボールがファウルグラウンドを転々とする間に一塁走者安達が生還してしまった。ヤクルトにとってみれば痛恨の悪送球である。
こういうときに、右翼手はバントの打球がフェアグラウンドに転がった瞬間に一目散に一塁ベースカバーに走るべきなのだ。そうしていればたとえ悪送球があったとしても、二塁走者の三進を阻むことができるかもしれないし、まして生還を許すことはないと思う。バントをした瞬間に外野手がダッシュしたところでデメリットはなにひとつない。
同じようなことは走者一塁での内野ゴロで二塁送球がそれたとき、走者二塁で送りバントを投手や捕手が三塁に悪送球をしたとき、走者が盗塁を企図して捕手の送球がそれたときなども、外野手が全速力で前に行けば走者は生きてしまっても、余計な進塁をさせずにすむ。悪送球とわかってから拾いに行くくらいのスタートをしている外野手が多いと思う。
それではカバーリングとはいえない。
いずれも野手が送球をする前にスタートして失うものはない。
また、投手は打たれたあとすぐカバーに走ると上述したけれども、外野手からの三塁への送球やバックホームが大きくそれた場合にあわててフェンスまでボールを拾いに行くシーンもよく見る。これで三塁走者の生還や打者走者の二進など、余分な塁を与えてしまう。外野手に失策がつくプレーであり、責任は外野手にあるのだが、外野手の送球が大きくそれそうだというのはよく見ていれば外野手の手を離れた瞬間にわかるものだ。投手も動いているのだからむずかしいかもしれないが、ただカバーに走るだけでなく、走りながらも外野手の送球がどのあたりに行くかを見るくらいはできると思う。
そういう余計な進塁をひとつでも少なくさせることが勝利につながると思い知らされた日本シリーズだった。
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著者プロフィール
篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授
1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。

















