【スポーツ回顧録】サンプラスが史上最多となる4大大会13個目の栄冠 ウインブルドン

ウインブルドンで7つ目の栄冠を手にした、ピート・サンプラス(2000年7月9日)(C)Getty Images

2000年7月9日、テニスのウインブルドン大会は男子シングルスの決勝が行われ、ピート・サンプラス(米)が、6-7、7-6、6-4、6-2でパトリック・ラフター(豪)を下し、ウインブルドンで7つ目の栄冠を手にした。サンプラスは、4大大会の優勝を13回とし、ロイ・エマーソンを抜いて、個人最多タイトル保持者となった。

「(4大大会13個目のタイトルは)とっても意義のあること。ウインブルドンでプレーするのも大好きだし、ウインブルドンで勝つのは最高だ」とサンプラスは感激を表現した。サンプラスはこれで、ビヨン・ボルグ(スウェーデン)の41連勝に次ぐ、ウインブルドン大会28連勝。同大会連勝記録の3位もサンプラスが持つ25連勝だ。

※編集部注:2021年7月9日現在、4大大会優勝記録はロジャー・フェデラー(瑞)とラファエル・ナダル(西)が持つ20回、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)が19回で続く。サンプラスは2002年の全米を制し、自身の記録を14回としていた。フェデラーは2009年のウインブルドン制覇により、サンプラスの最多記録を塗り替えた。

◆【動画】サンプラスが4大大会13個目の栄冠を手にした2000年ウィンブルドン決勝ハイライト

■試合の流れを決めた2つ目のタイブレーク

試合開始は息詰まる接戦だった。雨のため何度も中断され、集中力持続の難しい第1セットは、お互いに自分のサービス・ゲームを譲らずタイブレークへ。サービスを取り合い、9-9としたところでサンプラスがダブルフォールト。ラフターが自分のサービスをキープした後、サンプラスが再びダブルフォールト。サンプラスは、12-10で第1セットを失った。

雨は去ったものの、第2セットも同様の展開でタイブレークへ。サンプラスは、またもダブルフォールトをおかし、ラフターが4-1とリードしたまま、サービスへ。試合後にサンプラスが「これで(7つ目の)タイトルは逃げたと思った」と振り返った場面。サンプラスがラフターのサービスを破り、1ポイント返したところで、今度はラフターがダブルフォールトし、4-3。これでサンプラスは息を吹き返した。続く2本のサービスを取ると、次にラフターのサービスをブレーク。結局、7-5でタイブレークを取った。

サンプラスは「2つ目のタイブレークを落としていたら、まったく違った試合展開になっただろう。でも、(試合を見に来てくれた)両親が後押ししてくれた」と語った。両親が、サンプラスの優勝を目撃するのは、13度目のこの日が初めて。82年にサンプラスが全米大会の決勝で負けてから「縁起が悪い」と一度も試合会場に足を運んだことがなかっただけに、両親の喜びもひとしおだったろう。

■体力と気力の勝負

最後は「基礎体力」の差だった。第3セットをサンプラスが6-4で取ったあたりから、ラフターの動きが鈍くなる。それまで追いついたサンプラスのパッシングに、あと1歩届かない。サンプラスのサービスを待つ間に肩で息をする場面が多くなる。それまで安定していたボレーも鋭さを欠く。ラフターは、それでも第4セットを3-2で迎えたサンプラスのサービス・ゲームで、3度デュースに持ち込み粘りをみせるが、流れを変えることはできなかった。

サンプラスは、第7ゲームでラフターのサービス・ゲームをブレークし、マッチ・ゲームを迎えると、冴えるサービスで3連続ポイント。最後は、13個目のタイトルを飾るのにふさわしいサービス・エースで、ゲーム・セット。歴史的な瞬間だ。

負けたラフターは「ピート相手にここで戦うのは難しい。でも、来年も戻って来たい」とコメントし、観客から拍手を浴びた。肩の手術について尋ねられ「手術の後で、今年こんなに試合ができるとは、思わなかった。これはちょっとしたボーナスだ。もちろん勝ちたかったけども、2位でも悪くない」と満足感を語った。

サンプラスは、ウインブルドンのコートで過去8年間に53勝1敗。自ら「人生のハイライトだ」という言葉にふさわしい偉業を達成した。

CNN.com 2000年7月10日掲載分を翻訳、加筆、転載

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著者プロフィール

たまさぶろ●エッセイスト、BAR評論家、スポーツ・プロデューサー

『週刊宝石』『FMステーション』などにて編集者を務めた後、渡米。ニューヨークで創作、ジャーナリズムを学び、この頃からフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社勤務などを経て帰国。

MSNスポーツと『Number』の協業サイト運営、MLB日本語公式サイトをマネジメントするなど、スポーツ・プロデューサーとしても活躍。

推定市場価格1000万円超のコレクションを有する雑誌創刊号マニアでもある。

リトルリーグ時代に神宮球場を行進して以来、チームの勝率が若松勉の打率よりも低い頃からの東京ヤクルトスワローズ・ファン。MLBはその流れで、クイーンズ区住民だったこともあり、ニューヨーク・メッツ推し。

著書に『My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)』、『麗しきバーテンダーたち


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