【東京五輪/テニス】バーティ、ジョコビッチ、大坂なおみ、錦織圭……メダル候補が次々と去った意外性のオリンピック終幕

 

【東京五輪/テニス】バーティ、ジョコビッチ、大坂なおみ、錦織圭……メダル候補が次々と去った意外性のオリンピック終幕
東京五輪では日本勢最高の成績を残した錦織圭(C)Getty Images

■大坂に影響を与えた“空間の違い”

女子は第1シードのアシュリー・バーティ(オーストラリア)が1回戦で姿を消し、聖火最終ランナーを務めた大坂なおみが金メダル最有力者となった。大きなプレッシャーを背負い挑んだ初戦では、見ていて気持ちのいいほど彼女の良さである超攻撃型のパワーテニスが披露され、私たちに明るい未来を予感させた。ところが台風の影響から屋根が閉まったコロシアムで行われたボンドロウソバとの3回戦では、どうも調子が上がらないまま1-6、4-6のストレートで敗退。試合後の会見でも「自分でも分からないほど調子が上がらなかった」と肩を落とし、悔しさのあまり涙を流していた。

今回の敗戦に対し、湿度や室内の冷房を効かせた気温の変化が指摘されている。それに加え筆者の経験上、コロシアムは屋根が開いている状態と閉まっている状態では音の反響も変わることから「ボールスピードを速く感じてしまうのではないか」と気になっていた。屋根が開いている状態では、どれだけ打っても音は空に逃げていきコートを広く感じるという選手が多い。閉時は空間が狭くなったように感じ、音も響きやすい効果から調子が上がる選手もいるが、この時ばかりはボンドロウソバが先にいい感触を掴み取ったように思う。大坂本人がどう感じたか定かでないが3回戦では2回戦までと違い、振り遅れのようなシーンもよく見られ、試合序盤で空間の違いにフィット出来なかったことが勝負に大きく影響したようにも感じる。

テニス選手は日々変わる環境に対応していかなければいけないことは今に始まったことではないが、本人は屋内となったコロシアムの照明が気になったことを試合後に吐露していた。

■才能の成熟を証明したベンチッチとボンドロウソバ

また彼女の敗退から聖火の最終ランナーをやめさせた方が良かったのではないか……との指摘もあるが、筆者は決してそうは思わない。ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母から生まれた大坂は14歳から参戦してきたプロサーキットで最初から日本国籍を登録し、今までの功績も日本アスリートの活躍として社会に還元してきた。東京五輪の理念にもある「多様性と調和」は、彼女のようなルーツを持った選手が一人の人間として人種差別やアスリートのメンタルヘルスを訴えていることに大きな意味を持つ。「純血ではないから……」と意地悪なことをいう人もいるが、母国を愛し「日本のために戦いたい」とまで言ってきた彼女の気持ちにも耳を傾けるべきではないだろうか。

そしてテニス競技の自由なファッション性を活かし、ジャパンカラーである赤と白を使った髪の毛でトータルコーディネートされた自己表現もテニス以外の才能を開花させている彼女にしかできなかったと見ている。

テニス界初の聖火最終ランナーとして歴史を作り、多くの人が繋いできた「願いの灯」を聖火台に灯した姿は世界中の人々の心に焼き付いた。筆者もその一人であり、今後もスポーツ界の発展、多様性を尊重する社会を目指すためにも彼女の存在は欠かせない。

そんな大坂が辿り着けなかった決勝で夢を叶えたベンチッチは、幼少期から憧れたマルチナ・ヒンギスやロジャー・フェデラーも成し遂げられなかった五輪シングルスで黄金色のメダルを首にかけた。「笑っていいのか、泣いていいのかわからないの。まさかこんなことになるとは思わなかったから……人生を懸けて戦ってきたことが上手くいった」と笑顔で語りながらも溢れる涙を抑えきれなかった。

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ベンチッチは16歳でジュニアNo.1に到達、翌年はプロと肩を並べ全米オープンで最年少準々決勝進出を果たし「天才少女」「ヒンギス2世」と謳われていた。また銀メダリストのボンドロウソバもジュニアNo.1から19歳で2019年の全仏オープン準優勝を飾った実力の持ち主。ジュニア時代から期待されてきた2人がオリンピックという最高の舞台で才能の成熟を証明したと言っていいだろう。

すでにテニス界は日常のトーナメントに戻っている。3年後のパリで、また素晴らしいプレーが、今度は観客のいる日常の世界で堪能できるよう、願ってやまない。

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著者プロフィール

久見香奈恵●元プロ・テニス・プレーヤー、日本テニス協会 広報委員
1987年京都府生まれ。10歳の時からテニスを始め、13歳でRSK全国選抜ジュニアテニス大会で全国初優勝を果たし、ワールドジュニア日本代表U14に選出される。園田学園高等学校を卒業後、2005年にプロ入り。国内外のプロツアーでITFシングルス3勝、ダブルス10勝、WTAダブルス1勝のタイトルを持つ。2015年には全日本選手権ダブルスで優勝し国内タイトルを獲得。2017年に現役を引退し、現在はテニス普及活動をはじめ後世への強化指導合宿で活躍中。国内でのプロツアーの大会運営にも力を注ぐ。

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