■日本バスケ界史上初の累計観客動員数10万人突破
島田さんは「打ち出した手前『移籍します。辞めます』じゃ『お前なんなんだよ!』と無責任扱いされるのは必至ですよね。だから、リーグを変更するなら3年ぐらいやらないとダメだな……と。何を血迷ったのか、自分の思考回路がどうだったのか、実はあまりにもバタバタで覚えてないぐらい」と当時を回想する。

千葉ジェッツ代表取締役社長就任時の島田チェアマン 写真:本人提供
千葉ジェッツのNBLへの路線変更がなければ、島田さんもそこで退いていた算段となり、Bリーグ島田慎二チェアマンの誕生はなかった。「まずは3年頑張れば…」と考えていたところに、今度は2つのリーグを統合する新リーグ創設の構想が持ち上がる。千葉ジェッツは2015-16シーズン、日本バスケ界史上初のホームゲーム累計観客動員数10万人突破を果たしていた。
「私自身、リーグ統合を強く主張していた人間のひとりだと思います。『薩長連合だ!』と息巻いていました。ですから統合、新リーグ創設は大歓迎だったわけです。思い描いていた世界がやって来るのなら、せっかくですから『チャレンジしないと』と意気込んで、突入しました」。こうして2016年、Bリーグがスタート。それと同時に島田さんは、リーグの理事にも就く。
「(千葉ジェッツも)天皇杯で優勝して結果が出て、売上も大きくなり、責任もどんどん大きくなった。川淵さん(川淵三郎Jリーグ初代チェアマン、Bリーグ初代チェアマン)からの依頼でBリーグの2年目にはバイスチェアマンも兼任しました。」
1年後、大河正明Bリーグ2代目チェアマン(当時)の下にバイスチェアマンでいるのか、それとも千葉ジェッツに戻るのかの二択となった。その際、考えたのは「自分がどちらにいたほうがより社会的意義を生み出せると思うか」だったという。この時点では「やはり自分は千葉ジェッツを成長させるほうが、世の中やバスケ界により貢献できるのではないか」という決断をし、クラブに完全復帰した。
それが幸いし、千葉ジェッツは天皇杯を3連覇、売上も18億円にまで成長。2019年4月にはミクシィと資本提携。8月にはクラブ会長となった。さらに20年5月、会長も退くが、2020-21シーズンに千葉ジェッツがBリーグ初優勝を果たしたのは、島田さんのすべての労苦が果実となった証だろう。
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著者プロフィール
松永裕司●Stats Perform Vice President
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 東京マラソン事務局広報ディレクター/ Microsoftと毎日新聞の協業ニュースサイト「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。出版社、ラジオ、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験を持つ。1990年代をニューヨークで2000年代初頭をアトランタで過ごし帰国。Forbes Official Columnist。










