プロデビューから鹿島アントラーズで数多くの記録を樹立した内田篤人選手。実績に比例して、相当額の年俸を受け取っていると思われる。
シャルケ所属時の内田選手は、推定年俸2億5000万円だったと言われている。現在は鹿島アントラーズに復帰し、推定年俸9000万円だそうだ。
内田選手の年俸推移について詳しくまとめる。
海外移籍前の推定最高年俸は3000万円
内田選手が清水東高等学校から鹿島アントラーズに入団した歳の推定年俸は、500万円。開幕戦でクラブ史上初の高卒ルーキーでのスタメン出場を果たして鮮烈なデビューを果たすと、第4節にはクラブ史上最年少得点をマークした。
この年はルーキーながらDFの最多得票でオールスターサッカーに史上最年少出場を果たすなど大活躍。2年目には推定年俸1100万円と倍増した。

(c)Getty Images
その後も順調に成長を続けて、3年目の2008年は推定2100万円まで急上昇。4年目の2009年には推定年俸が3000万円までアップ。
日本人選手の平均年俸は2006年が1600万円で2010年が1850万円。この額と比べると、内田選手は高く評価されていると言えるだろう。
シャルケ時代は年俸2億5000万円に急上昇
日本での実績を引っ提げて挑んだシャルケ移籍1年目の年俸は推定4200万円。それほど大幅なアップは見られなかった。
しかし、シーズンが進むにつれて右SBのレギュラーに定着し、CL準々決勝では長友選手が所属していたインテルとの対戦に勝利し、クラブ史上初のCLベスト4に貢献。
この活躍が認められ、オフに3年契約で推定年俸7500万円という契約を勝ち取った。

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2014年にはチームの顔になっていた内田選手。シャルケは契約を更新し、推定年俸は2億5000万円と3倍以上の大幅アップを果たす。
2014年のブンデスリーガの平均年俸が約2億6000万円と言われていることを考えると、その活躍が認められたと言えるだろう。
しかし、その後は度重なる怪我、そして右膝の手術の影響もあり、額面通りの活躍を見せることはできなかった。
ウニオン・ベルリン時代も推定年俸2億5000万円をキープ

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右膝の手術によるリハビリから復帰した内田選手は、2017年8月21日に出場機会を求めて、ブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリンに移籍することを発表。この時も推定年俸は2億5000万円のままであった。
9月20日のSVザントハウゼン戦でおよそ2年半ぶりの先発フル出場を果たすものの、またも怪我をしてしまい、その後は出場機会を得られず。結局、ウニオン・ベルリン時代は2試合の出場にとどまった。
チームトップの推定年俸9000万円で鹿島復帰

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2018年1月2日、古巣の鹿島アントラーズに推定年俸9000万円で復帰することが発表された。
この年俸は日本人ではJリーグのトップ10に入る額。鹿島アントラーズでは小笠原満男選手と並んで、チーム1の年俸と言われている。
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