■「おちょくられる」ことが好き
一方で、参加選手たちはディフェンスでは激しく当たって折茂さんを追い込むことで、佐古さんいわく「負けず嫌い」な彼を楽しませもした。
「オフェンス面ではシュートを打たせて、ディフェンス面ではマッチアップをして楽しませるというか。折茂さんと絡みながらみんながどうできるか。試合前も試合中も自然とそういう空気になっていました。とにかく楽しんでもらえたらという思いでやりましたね」と田臥。
竹内も最初、15歳年上の折茂さんが怖いか、怖くないかでいえば「怖い」ほうだった。だが田臥同様、他の年下の選手たちが彼をいじる姿を見て「この人は怖くないんだ」と思いに変わっていったという。
引退試合は、折茂さんにどんどん得意なシュートを打ってもらいつつ、真剣に得点を狙い、相手の攻撃を阻もうとすることもあれば、観客を笑顔にするようなコミカルなそれも多々あった。当然、主役の折茂さんを他の選手たちがおちょくってファンを楽しませる場面もあった。

試合後の折茂武彦社長会見 撮影:永塚和志
「あの人はそういう(おちょくられること)の、好きなんですよ(笑)。ちょっと選手たちと絡んで、いじられて。大先輩ですけど、友達のような感覚で接するようにはしてます」と竹内。
桜井良太(レバンガ)はトヨタ自動車でも折茂さんとプレーし、ともに北海道へ渡ってきた。いわば長年の同志だ。彼自身は折茂さんを怖いとは思わなかったそうだが、2007年にトヨタから新興のレラカムイ北海道(レバンガの前身)に移った際、大半の選手が若く、彼らがずっと年上の折茂さんとどう接していいかわからない様子だったため、「お前がふざけて自分をいじるなり何なりして、周りが絡みやすいような状況を作ってほしい」と、折茂さんから潤滑油の役割を頼まれた過去を披露した。
「いじる」あるいは「おちょくられる」ことも、折茂にとってはチームビルディングにあたって大切なものだったと言えるのではないか。
引退試合終了後の折茂さんへの花束贈呈で、桜井は花束を片手でぞんざいに渡すふりをするなど、ふざけてみせた。無論、折茂さんはそれを笑顔で応えた。
引退イベント最高の「いじり」の瞬間は、ハーフタイム中に見られた。司会が参加選手たちに“折茂派”なのか“佐古派”を聞いて回ったのだが、主役の折茂さんを前に、大半が“佐古派”を謳ったのだ。
「もう、北海道から出ていってもらいましょう」。
桜井までもが“佐古派”を宣言すると、折茂さんは会場に向けてそう言った。この時ももちろん、年輪のごとくシワを重ねた顔は笑っていた。
折茂さんも、現役時には“ミスターバスケットボール”と呼ばれた往年の名選手・佐古さんも、今は相当、丸くなったが、折茂さん曰く、2人の現役時代、「佐古賢一をいじくれるやつはなかなかこの世界にいなかった。僕のほうがいじりやすいんじゃないですか」と振り返った。
「はじめは僕のほうが『怖いキャラ』だったみたいなんですけど、(後々は)後輩からよくいじられていました。みんなが『いじっても大丈夫なんだ、この人は』となって仲良くなれました」と折茂さん自身も振り返る。
自身の世代から、下は30歳の田中と幅広い年代の選手が、折茂さんの引退を飾るイベントに集結した。冗談のトーンも少し込めつつ、折茂さんにとってそれは自慢できることの一つのようだった。
「僕の年代から、大貴とか比江島なんて、かなりの年齢差ですから。彼らともオールスターの時など食事をする機会があったり、飲む機会があったりしながらいろんな話もできました。プレーだけじゃなくて、違う部分でコミュニケーションを取ることは大事。みんなが来てくれて、引退はしましたけどまだ『幅を効かせてるな』という思いです(笑)」。
稀代の選手のプレーぶりをもう見られないという寂しさも感じさせたイベントとなったが、しかし、湿っぽい終わり方は嫌だとでも言わんばかりに、折茂さんは軽やかに、穏やかに、コートを去った。
著者プロフィール
永塚和志●スポーツライター
元英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者で、現在はフリーランスのスポーツライターとして活動。国際大会ではFIFAワールドカップ、FIBAワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、NFLスーパーボウル、国内では日本シリーズなどの取材実績がある。










