■「ギブアップするという選択肢を残さない」チーム作りへ
苦い記憶がある。千葉Jでの2シーズン目2017-18シーズン。ファイナルの舞台へと導いたものの準優勝。「あの時ギブアップしてしまった。自分がギブアップしてしまうチーム作りをした」という反省から、ギブアップするという選択肢を残さないよう突き詰めるべきだったと学んだ。
ファンに会場へ足を運んでもらい「また見たいと思ってもらうためには勝つしかない」のだ。全勝することはどんなチームでも難しい。ただ「20点勝っていようが負けていようがどんな試合でも最後までコート上でハッスルすることが重要」で、試合結果だけでなく選手のパフォーマンスにもファンは心を動かされる。「ハードにプレーをしている選手を見ればもっとハードにプレーする姿を見たい」と思うものだ。この習慣が勝利を呼び寄せる。今シーズン、生まれ変わる三遠はどれほどの勝利をファンと共にできるだろうか。

チームの印象について「すごく素直な選手ばかり」と笑みをこぼす場面も
千葉Jで指揮をとった6シーズン、初めの頃は街中で誰からも声を掛けられなかった。「こんなチームがあるから見てみようという方が多かった。そういった方がコアファンになりどんどんファンの数も熱量も増していった。次第にコンビニや道端で声を掛けられる機会も増えた。地域に根付く意識がなければ起こらない変化」だ。
三遠は、愛知県豊橋市をはじめとする東三河地域と静岡県西部の遠州地域を拠点に活動する。開幕戦は10月1、2日に浜松アリーナで行われる。対するは川崎ブレイブサンダース。「遠州地区に根付く一歩にしたい」と意気込む。三遠のヘッドコーチ就任後、街で声を掛けられたことはまだない。「『がんばってね』とか『勝利おめでとう』とかぜひ声を掛けてください」と笑顔を見せていた。
ファンを大切にする裏には現役時代の後悔がある。大学卒業後、三菱電機メルコドルフィンズ(現・名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)、パナソニックトライアンズでプレーした。「俺はバスケットがうまい。バスケットをプレーしお金をもらっているのだからファンサービスはしなくてもいいでしょという考えを持っていた」が、かつてアシスタントコーチを務めた広島ドラゴンフライズでその考えが間違っていたことに気付かされた。新しいチームで資金面の難しさに直面。地域の方に支えられなければ資金を得ることができず、活動すらもままならなかった。それでも「地域に根付く市民球団が好きだ」ということに気が付いた。
現役時代、プレーできることへの感謝、応援してくれるファンへの感謝を胸にもっとプレーをすべきだった。「自分のキャリアを後悔している」からこそ、大野HCはプロとして何よりも「支えてくれる人に喜んでもらうこと」に重きを置いている。

下位に低迷したチームを、今季どこまで牽引するのか、大野HCの手腕が期待される
同HCの家族は今も広島に住んでいる。お子さんが幼稚園へ通うと広島東洋カープの応援歌で体操をするなど、子供の頃からカープに触れ応援する文化がある。大野HCが今、三遠ですべきことのヒントがそこにはある。地域に愛されるためには、まず市民と触れ合う環境、風習が必要。会場に足を運んでもらい応援してもらう存在になること。そして勝利の喜びを共に味わうこと。今まさにそのスタートを切ろうとしている。
「チームとひたすら向き合うこと、ゼロからのスタートで作り上げることが好きだ」という指揮官のもと、生まれ変わるクラブの様子が想像できた。アリーナの雰囲気もどんどん変わっていくだろう。数年後には街中で「頑張って」と声を掛けられているはず。そのために、プロクラブ、プロ選手とは何か、応援され根付くには何が必要か、当たり前のようで実はもっとも重要なことを新たな仲間と確かめ合いながら戦うシーズンが幕を開ける。
「海が見えるしご飯もおいしいし宮崎などにいつか移住したい」と最後にこっそり教えてくれた夢。でもそれはまだまだ先のこと。しばらくはバスケットの世界で挑戦の旅が続いていく。
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■著者プロフィール
木村英里(きむら・えり)
●フリーアナウンサー、バスケットボール専門のWEBマガジン『balltrip MAGAZINE』副編集長
テレビ静岡・WOWOWを経てフリーアナウンサーに。現在は、ラジオDJ、司会、ナレーション、ライターとしても活動中。WOWOWアナウンサー時代、2014年には錦織圭選手全米オープン準優勝を現地から生中継。他NBA、リーガエスパニョーラ、EURO2012、全英オープンテニス、全米オープンテニスなどを担当。










