無死か一死で走者三塁の場合、前進守備を取りすぎではないのか。
大学野球のリーグ戦を見ると、多くの場合無死か一死で走者が三塁にいると内野手が迷わず前進守備隊形を取ってくる。
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■「1点も取れないと宣言するようなもの」
プロ野球に関して私はテレビ観戦が多く、アナウンサーの実況でしか内野手の守備位置を知ることはできないが、ニュースハイライトを見るとやはり序盤でも内野手が前で守ることが多いように見える。
今年のセ・リーグ、クライマックスシリーズ・ファイナルステージ第2戦、1回表で東京ヤクルト・スワローズは一死三塁のピンチで前進守備を取り、阪神タイガース・近本光司の一二塁間をゴロで抜ける当たりで先制点を許した。ヤクルトはさらに日本シリーズ第2戦の3回表、やはり一死三塁で前進守備を敷き、オリックス・バファローズのピッチャー山﨑福也に一二塁間を抜かれ、この試合でも先制点を許した。前進守備の山田哲人のグラブをかすめて抜ける当たりだっただけに、定位置ならセカンドゴロでホームを許したとしても、二死ランナーなしとなる局面だった。
これは、以前書いた「無死の走者はバントで送ることが最善の策で、ほんとうは強打者でも送らせたいが打者のプライドやファンの期待を尊重して監督は強打者にバントのサインを控えている」という日本野球関係者共通のセオリーに通じるものだと思っている。
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話を戻すと、私自身も学生時代、監督も同僚もなんの疑問ももたずに前進守備を敷いていた。内野手が後ろに下がるのはリードしているときか、一塁にも走者がいて併殺狙いのときくらいである(これは中間守備と一般に呼ばれている)。
ところが20年ほど前、来日した外国人投手が序盤のこのシフトに対して「わがチームは1点も取れないと宣言するようなものだ」とコメントしたことに私ははっとさせられた。
それを聞いてから野球の試合を見ると、前進守備のデメリットが目立つようになった。
投手の足元をゴロが抜けてセンター前に達するときや、前に出た野手の頭を超えるライナーやフライが外野の間に落ちたときなど、「定位置で守っていたら楽に捕れていた当たりだ」と思うことがある。
内野手の定位置は打球をいちばんアウトにしやすいところにあるわけで、前で守るということはヒットゾーンが広がることを忘れてはいけない。
もちろん、前に守らないと内野ゴロは本塁でアウトにすることはできない。1点を許さないためには最善の守備隊形だが、勝利のためには最善とは限らないというのが私の考えだ。つまり1点を惜しんで2点を取られるリスクが高まる作戦だということである。
2点を失うリスクを賭してでも1点を与えたくないという判断ならしかたがない。
2点以上リードしている終盤でも、投手の初完封や連続試合完封がかかっているとか、連続イニング無失点継続中のときなどはたとえ学生野球でも前で守ってもいいと思う。それでも、チームの勝利優先、アウトカウントを増やすためにあえて後ろに守れ、という監督の判断もあるかもしれない。
相手投手と自軍の打線の力量を比較して点が取れそうか、負けたら終わってしまうような試合でなんとしても先制点や勝ち越し点を渡したくないのか、など、いろいろ考慮して守備隊形は決めるべきではないだろうか。
イニングにかかわらず判で押したように前進守備を取ることが日本野球には多すぎると思う。
上述したスワローズの場合、阪神戦では結果的には1点で済んだものの、オリックス戦では定位置なら二ゴロという打球を放った山﨑福が塁に残り、後続の連打で生還したわけだからまさに1点を惜しんで2点を失ったことになる。
もちろん、スポーツに「たら」「れば」がないのは承知の上だが、この回の2失点目がなければ、9回裏でヤクルトがサヨナラ勝ちというスコアだった。
初回の守備などで「後ろに守るべきだ」、あるいは、前進守備で広がったヒットゾーンに打球が飛んだときに「今のは定位置なら捕れていた」と解説者が言うのをあまり聞いたことがない。
忘れられないのは2009年日本シリーズ第5戦8回表、1点リードの北海道日本ハム・ファイターズは一死三塁で前進守備を取り、読売ジャイアンツ大道典嘉に同点打を浴びた。定位置なら楽々捕れた当たり。もし定位置で守っていれば、あの当たりならショートライナーの打球だったろう。
どうしても追いつかれたくなかったという判断だったのかもしれない。日ハムはこれをきっかけに9回、サヨナラ負けを喫した。
本日より日本シリーズは舞台を大阪に移し第3戦となる。シリーズを左右するような前進守備が敷かれるのか、注視したい。
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著者プロフィール
篠原一郎●順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授
1959年生まれ、愛媛県出身。松山東高校(旧制・松山中)および東京大学野球部OB。新卒にて電通入社。東京六大学野球連盟公式記録員、東京大学野球部OB会前幹事長。現在順天堂大学スポーツ健康科学部特任教授。