引退発表の小笠原満男ってどんな人?後輩に慕われる鹿島の象徴

12月27日、鹿島アントラーズから小笠原満男選手の引退が発表された。

長らく鹿島の顔としてチームを引っ張ってきた小笠原選手。ファンからは驚きの声や、20年間のプロ生活をねぎらう声などが寄せられている。

小笠原選手は、1979年岩手県盛岡市生まれ。小学生時代に地元のサッカー少年団でサッカーを始めた。

高校時代には「東北のファンタジスタ」というニックネームが付くほどの選手に成長。各年代で日本代表に選抜される。

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高校を卒業すると同時に鹿島へ入団。レギュラーに定着後は数々の賞を受賞し、チームを史上初のナビスコ杯・リーグ・天皇杯の3冠に導くなど活躍した。

後輩から慕われる男

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小笠原選手は、後輩から慕われる選手としても有名だ。

内田篤人が最も尊敬する先輩

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内田篤人選手は、最も尊敬する先輩として小笠原選手の名前を挙げている。ドイツから日本に復帰したきっかけの一つに「小笠原選手の勧め」があったことも明かしているほどだ。

鹿島復帰にあたり、内田選手が参考にしたのは小笠原選手の姿。

小笠原選手がメッシーナから鹿島に復帰し、チームに大きく貢献したことについて「満男さんは復帰したチームをばんばん優勝させた。近づきたいけど、追いつけないと思う」と語っている。

昌子源にACLの優勝カップを持たされる

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2018年、鹿島はACLでクラブとして初の優勝を果たす。優勝を果たした試合で小笠原選手は出場機会がなかった。

しかし、優勝が決まって表彰式が始まる際、ゲームキャプテンである昌子源選手は小笠原選手に優勝カップを持ってもらおうと提案。結局、ACL優勝を記念した写真では、小笠原選手がカップを持つこととなった。

優勝カップを掲げる小笠原選手を見て、昌子選手は「やっぱり一番似合う」としみじみ語ったという。

被災地にグラウンドを作る

小笠原選手は、岩手県大船渡市にグラウンドを作るプロジェクトへ立ち上げたことがある。

東北地方は、東日本大震災で多くの屋外施設にも被害を受けた。小笠原選手は、イベントなどで東北地方へ行く度に「もっと外で思い切り走り回れる場所があれば」と思ったという。

子供たちのことを思って始まったこのプロジェクト。小笠原選手は地元の支援者へ説明を繰り返すなどして協力。フロントマンとして貢献した。

小笠原選手は、大船渡市に完成した人工芝のグラウンドを訪れ、子供たちと交流。満足げな顔で子供たちを見守ったという。

小笠原選手の行動については、地元の住民はもちろん、幅広いサッカーファンから称賛の声が集まっている。

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